2019年05月13日 (月)心に残る あの時あの歌&二・二六事件秘話✿中村香織


こんにちは!中村香織です。

きょうの【ひるどき情報ちば】(NHK千葉FM 80.7MHz)

「ニュースアップちば」 と

「ひるどき特集」新コーナー「心に残る あの時あの歌」をお送りしました。

月曜日はオールリクエストデーで、

みなさんからお寄せいただいたリクエスト曲をお届けしていますが、

新しいコーナーでは、あの時の思い出をとともに心に残る歌を

リクエストされた方のインタビューを交えてご紹介します☆☆

 

 

〇ニュースアップちば〇

「二・二六事件の遺品」をテーマに東葛支局の熊田繁夫記者とお伝えしました。

 

80年あまり前に起きた陸軍の青年将校たちが首都・東京の中枢を占拠した「二・二六事件」。

実は、千葉と関連があるんです。

「二・二六事件」は昭和11年2月26日に起きました。

陸軍の青年将校たちが、およそ1400人を率いて政府の要人などを襲いましたが

その時、ひん死の重傷を負いながらも助かった人物がいます。

当時、昭和天皇を支える侍従長だった鈴木貫太郎(すずき・かんたろう)です。

鈴木は幼少期と晩年を野田市で過ごし、市内には、その功績を顕彰する記念館があります。

 

その鈴木を襲った青年将校安藤輝三(あんどう・てるぞう)の遺品が野田市に寄贈されました。

軍服や軍刀、愛用のメガネなど20点余りです。

襲った側の遺品が、襲われた側に送られたというのは奇妙な感じもしますが、

事件の前、安藤は、鈴木の自宅を訪ねて国家のあり方について考えを聞いたことがありました。

その時、安藤は、書をもらいたいと申し出て、鈴木は快く応じていたそうです。

その後、安藤が指揮する部隊が鈴木の邸宅を奇襲することいになったわけですが、

妻のタカが「とどめだけはどうか待ってください」と必死に訴えると

安藤たちは、そのまま立ち去ったそうです。

安藤は事件の後、処刑されましたが、鈴木は平洋戦争末期に総理大臣になって

天皇に「聖断」をあおぎ、日本を終戦に導いた人だとされています。

もし、二・二六事件で鈴木が死んでいたら、今の平和はなかったのではないか。

そう考えた安藤の遺族が遺品の寄贈を決めたそうです。

野田市は事件から85年目となる2021年2月に鈴木貫太郎記念館で

遺品を公開したいとしています。

 

 きょうの音声はこちらカラ、どうぞ♪♪

 

〇ひるどき特集〇

きょうは、新コーナーの「心に残るあの時あの歌」をお届けしました。

今月から元号が平成から「令和」に変わったのにちなんで

今回は「スタート」をテーマに佐倉市のお2人にインタビューしました。

佐倉市は江戸時代からオランダとの交流がある町。

また、千葉県は東京オリンピック・パラリンピックでオランダのホストタウンになっています。

 

1人目は、佐倉日蘭協会の山岡みち代さん。

リクエスト曲は荒井由実/ひこうき雲」でした。

空や雲に思いをはせる曲ですが

山岡さんが夫の転勤でオランダで新生活をスタートされた時に

「空はつながっている」という思いで、自分を励ますために聴いていたそうです。

 

2人目は、ラジオネーム 佐倉花火フェスタは8月3日!さん。

佐倉市で観光PRのお仕事をされている男性の方です。

リクエスト曲は「Maroon5/Sugar」でした。

愛情を砂糖に例えたラブソングですが、

ご自身の結婚式で入場曲に使用された音楽だったそうです。

「夫婦二人三脚のスタートを思い出す曲です」とおっしゃっていました。

 

「心に残るあの時あの歌」は毎月1回、月曜日にお送りします。

次回は6/3(月)放送予定です。ぜひお聴きください♪

 

 

投稿者:キャスター | 投稿時間:17時00分

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