チャリダー★列伝 #05 人生を支えた傷

日本チャリダー列伝 #04 人生を支えた傷  プロロードレーサー・宮澤崇史

  • 世界の頂点で活躍を続けるプロロードレーサー、
    宮澤崇史。
    アジア大会優勝、北京オリンピック出場と、
    日本ロードレース界を牽引するトップ選手だ。

    そんな宮澤には、信念がある。
    『人生は、自分だけのものではない』
  • 6歳で父を亡くした宮澤。
    母・純子が女手ひとつで子供たちを育てた。

    家事と仕事に追われながら、自分を育ててくれた母。
    中学生のとき、自転車選手を夢見た自分のために、
    知人に頭を下げ自転車を借りて来てくれたこともあった。
  • 18歳でヨーロッパ修行へ出たときも、
    何も言わず支え続けてくれた。

    宮澤)「仕送りしてくれていました。選手として生活が成り立たなかったから・・・  それに対して応えたいという気持ちでずっとやってきた」
     
  • 次第にヨーロッパで頭角を現し、
    世界選手権に出場するまでに成長した宮澤。

    しかしそんな時、突然の知らせが届く。
    母の肝臓が限界だという。
  • 残された手段は、「生体肝移植」。
    母の命を救えるのは、自分だけ。
    迷いはなかった。

    純子)「崇史が『僕があげるよ』と申し出てくれましてね」
    宮澤は肝臓の半分を提供し、母は一命をとりとめた。
  • しかし、手術後の成績は振るわず、
    チームからは戦力外通告を受けた。

    純子)「私に肝臓をくれたことで体力がないのか。
    やっぱりそこに思いがつながりますよね」
  • 走れないのは、母のせいではない。
    それを証明するために、宮澤は
    猛烈なトレーニングを続けた。
    手術で失った腹筋は、1日3時間鍛え続けた。
  • 2010年6月27日、
    手術から9年後。
    日本の頂点を決める、「全日本選手権」。

    先頭集団に残った宮澤。
    ゴール寸前、渾身のスパート。
    日本ロードレース界の頂点にたった。
  • 宮澤は、母親と人目をはばかることなく抱き合い、
    ・・・そして泣いた。

    純子)「ゴールの瞬間は、怖くて見ることができませんでしたね。
     でも、自転車を続けもらって良かった・・・」
  • 宮澤)「たぶん、この"傷"がなければ
    今の位置まで上り詰められなかったかもしれない。」


    宮澤崇史、35歳。
    おなかの傷と、母への思いを力に換えて、
    どこまでも走り続ける。
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