放送政策転換は中国農村をどう変えるか
~農村向け衛星放送の現地調査から~
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中国で農村を対象とした衛星直接受信(DTH)の普及政策が本格化している。中国では、国土が広大なため、従来から地上波によってテレビやラジオ放送を全国あまねく到達させるには困難があった。都市部では1990年代からケーブルテレビが普及し、数十チャンネルのサービスを享受できるユーザーは2010年末現在、1億8730万戸に達している。一方、農村地域では、人口密度が低くケーブルテレビのコストが高くなるため、衛星放送の普及が期待されていたが、海外チャンネルの受信が普及すると中国共産党の統治に悪影響を及ぼすとの懸念から、DTHは都市部・農村部を問わず原則禁止されていた。このため農村地域の大部分では、視聴可能なチャンネル数は多くて数チャンネルで、画質も良くない状態が続いてきた。しかし海外チャンネルの受信を制限する技術が進んだこともあり、中国政府は2011年から、農村地域を対象にしたDTHの本格的な普及に乗り出した。本稿では、同年10月の現地調査を踏まえ、DTHの現状を紹介すると共に、普及を進める政府当局の目的や、DTHの普及が農村に与える影響などを考察する。
中国では、1980年代から衛星を利用した番組伝送が普及したが、DTHの普及に関しては、ある“事件”によってストップがかかった。それは1993年、ニューズ・コーポレーションのルパート・マードック氏が香港の衛星放送局STAR TVを買収し、その後ロンドンでの講演で、「衛星放送は全世界の独裁政権を脅かす存在」と発言したことである。態度を硬化させた中国政府はその数週間後に「衛星放送地上受信施設管理規定」を施行、個人がDTHの設備を設置して衛星放送を受信することを原則として禁止した。しかし広大な農村に多チャンネルサービスを普及するにはやはり衛星放送が欠かせず、中国は外国チャンネルの受信防止技術を高度化し、独自のDTH用衛星を打ち上げた2008年から、DTH推進に政策変更を図った。当初は貧困地域を対象としていたため、費用は全て政府持ちで、1000万世帯あまりへの普及を果たしたが、農村になお残る2億世帯については、新たに受益者負担を導入、試験地区についてはアンテナやセットトップボックスなど一式でおよそ550元(約6600円)する機材を310元(約3700円)で販売する方式をとった。寧夏回族自治区の試験地区でDTHの機材を購入した農民の間では、チャンネル数の増加や画質の向上に満足する声が聞かれた。中国政府はこのプロジェクトを農村地域での社会福利事業としているが、裏の狙いとしては共産党の政策の「宣伝」の農村地域における強化がある。都市部では当局の意向に忠実な中国中央テレビ(CCTV)の視聴率が低迷し始める中、視聴できるチャンネルの大部分がCCTVとなっているDTHを農村地域で普及させることで、共産党の宣伝の効果を高めようというわけである。しかし実態は農村でも、より娯楽性の強い番組を放送する省レベルのテレビ局を視聴したいとの意向が強く、今のチャンネル構成で当局の思惑通り2015年までに農村の2億世帯全てにDTHが普及するのかには疑問もある。さらに、多チャンネル放送はそもそも視聴者の価値観の多様化を促すものだけに、その普及はむしろ当局の思惑とは逆に、共産党の宣伝の一層の空洞化をもたらす可能性が高いと思われる。

