海外放送事情

イラク戦争とメディア

~米公共放送PBS『フロントライン』の挑戦~

2003年3月20日に始まったイラク戦争はまだ続いている―という実感は、今日では規定の事実としてよいであろう。また、イラク戦争は正当性のない、間違った戦争だった―という認識も、今日では周知の事実としてよいであろう。そのイラク戦争にかかわったメディアの責任は何か。メディアの何が問題だったのか。今後の課題は何か。戦争報道におけるメディアの諸問題についても総括されねばならない。

本稿では、イラク戦争から5年を機に、イラク戦争とメディアの関係、とりわけイラク戦争を主導したブッシュ政権の情報管理と、結果的にその管理下に置かれたアメリカのメディア・ジャーナリズムの責任と課題について、アメリカの公共放送PBSのドキュメンタリー番組『フロントライン』(FRONTLINE)の放送記録を中心に総括する。

アメリカのメディア・ジャーナリズムがよって立つ根本原理は、「合衆国憲法修正第1条」が保証する「言論・出版(報道)の自由」である。メディアの活動は広くこの憲法条項によって庇護され、「修正第1条」(The First Amendment)といえば、ジャーナリズムにとって「自由の砦」とされてきた。そのメディアの位置づけに真っ向から挑戦したのがブッシュ政権である。前記『フロントライン』の番組では多くの関係者が、ブッシュ政権は2001年1月の発足時から徹底した情報管理を鉄則としていたと語っている。

そのブッシュ政権の情報管理がさらに徹底され、意図的な「情報操作」の色彩を濃くしていったのが、9.11以降の対テロ戦争、とくにイラク戦争へ向けての世論誘導だった。イラクの大量破壊兵器の脅威が喧伝され、サダム・フセインとアルカイダは関係があるとされた。ワシントン・ポスト紙のウォルター・ピンカス記者は、「ブッシュ政権の対イラク・キャンペーンは、すさまじいものだった。核兵器だ、化学兵器だ、生物兵器だ、これらがテロリストの手に渡るのだ ---という話を連日聞かされているうちに、それが既成事実になっていった。ブッシュ政権は戦争を仕掛け、見事にそれを売ったのだ」と語っている。

「買った」のはメディアだ―と、アメリカの代表的なジャーナリストのひとり、ビル・モイヤーズは主張する。「ブッシュ政権は戦争を売り、メディアはそれを買った―。」このフレーズが今日、イラク戦争をめぐる政府とメディアの関係を要約したものとされている。

メディア研究部(海外メディア)永島啓一