海外放送事情

英語・ドイツ語に照らしてみた放送の「公共性」

~「放送の公共性」を考える(2)~

1.なぜ外国語か

概念を明確化する際に、それを外国語に翻訳してみるとよい、ということが言われます。その作業を通じて、当該の概念の中核的な意味内容が明らかになるからです。ここでは、日本語で「放送の公共性」と言い慣わしているものが、英語やドイツ語ではどのように表現されてきたかを検討することによって、その明確化の可能性を探りました。

  • 1) public interest(公共の利益)
    戦後の日本の放送制度に大きな影響を与えたのはアメリカですが、そのアメリカでは1934年の連邦通信法に規定されている “public interest, convenience and necessity”が日本語で言う「公共性」に相当するものの中心に位置しています。
  • 2) public responsibility
    また、アメリカ的な考え方に従えば、public interestに適う事業を行うことが放送局の責任として義務づけられているので、これをpublic responsibilityと見ることもできます。 public interestは造語力が強く、これ以外にも、public interest concernとか、public interest performance、public interest programmingなど、さまざまな言い方がされています。
  • 3) public service(公共サービス)
    ヨーロッパにおける公共放送は、その事業をpublic serviceと位置づけてきました。この語は、イギリスだけでなく、ヨーロッパ諸国で広く用いられています。
  • 4) Offenlichkeit(「公共圏」、「公の場」)
    1973年にユルゲン・ハーバーマス(Jurgen Habermas)の著作、Strukturwandel der Offentlichkeit が『公共性の構造転換』として日本語に訳されて以降、日本語の「公共性」にはOffenlichkeitの持つ空間的なイメージ(「公の場」というぐらいの意味)が加わりました。
  • 5) GrundversorgungとFunktionsauftrag
    ドイツにおける「公共性」論議で用いられている概念にはGrundversorgung(基本的なサービスの供給)やFunktionsauftrag(「機能的任務」と訳されることが多い)というような語もあります。
  • 6) publicness
    このほかに、比較的近年用いられるようになってきている語として、publicnessがあります。日本語で「公共性」という語に盛られる意味は極めて広いので、そのニュアンスには最も近い語と考えられますが、抽象的なだけに定義が難しいという面もあります。
3.考察と今後の課題

こうしてみてくると、publicnessを除けば、日本語として用いられている「公共性」に対応するような外国語はありません。「公共性」というのは、ほとんど何でも入れられる容れもので、それだけに便利に使ってきたわけですが、それにしても、あまりに沢山の意味がごちゃ混ぜに入ってしまいました。概念の具体化・明確化が必要な時期になっているのではないでしょうか。

その際に、残された課題の1つは、publicnessという概念の浮上をどう理解するかということです。例えば、BBCのMark Thompson会長も最近のスピーチでこの言葉を用いていますが、そこにはどのような考えが反映されているのか、確認することが必要ではないかと思います。もう1つは、「公共性」という概念が日本で、いつごろから、どのようにして形成され、定着していったかを検討してみなければなりません。このあと、研究者や実務家たちがこの概念とどう取り組んできたのか、その歴史をたどってみたいと考えています。

主任研究員 横山 滋