ことばの研究

防災無線で「命令調」の津波避難の呼びかけは可能か

~聞き手に伝わる表現の視点から~

東日本大震災では防災無線で「避難命令」や「避難せよ」といった命令調の表現を使って津波避難を呼びかけた自治体があったが,「命令」には法的な概念や規定があるため,自治体が呼びかけ表現に盛り込むことが難しいという課題があらわれている。このため,こうした表現が一般的な日本語の表現かどうかという視点から考えた。その結果,▼「法律上の命令」が「受け手に,作為または不作為の義務を課す」ものなのに対し,▼「表現上の命令」は「緊急時には,聞き手に利益を与えるもの」で,区別の必要があると考えられた。また,現在法的に定められている「避難指示」と「避難勧告」ということばは区別がつきにくいとされる中で,「避難命令」ということばは一定程度のわかりやすさがあると考えられた。それは▼「命令」ということばが「指示」に比べて,上位の者から下位の者へ出されるものとイメージしやすい可能性をもっていたり,単語親密度が高かったりすること,▼「避難命令」ということばは新聞や国会の中でも使われてきたこと,▼災害対策基本法の制定過程でも「避難命令」ということばは使われていたことなどによる。情報の送り手は,一般の人々にも伝わる表現を選ぶ必要があるだろう。

メディア研究部 井上裕之