ことばの研究

大洗町はなぜ「避難せよ」と呼びかけたのか

~東日本大震災で防災行政無線放送に使われた呼びかけ表現の事例報告~

東日本大震災で大津波警報が出された茨城県の大洗町は、「避難せよ」などの命令調の表現を使って、防災行政無線で住民に避難を呼び掛けていた。さらに放送内容を次々と差し替えて、長時間にわたって放送を行っていた。この大洗の防災行政無線の放送について、ことばや表現の面から報告するとともに、津波避難を促すのにどのような効果を与えた可能性があるのか、心理的な働きの視点などから考察する。

「緊急避難命令、緊急避難命令」。

「大至急、高台に避難せよ」。

これらは3月11日の東日本大震災で大津波警報が出された茨城県大洗町が、住民に避難を呼びかけた防災行政無線放送の「命令調」の文言である。東日本大震災では沿岸部に巨大津波が押し寄せ、東北地方を中心に大勢の死者・行方不明者が出た。茨城県では津波によって6人が亡くなったが、茨城県大洗町では、4メートルを超える津波に襲われながら、津波による死者は1人もなかった。津波の規模が東北地方に比べて小さかったことなどが大きな理由であろう。ただこの大洗町では、津波避難の呼びかけに際して防災行政無線で特徴的な放送をしていたことが、現地調査の結果明らかになった。冒頭に示したような、ふだんは使わない命令調の表現で住民に避難を呼びかけたり、次々と内容を差し替えて継続的に放送をしたりしていたのである。

津波避難をめぐる課題としてはこれまで「警報が出ているのを知りながら避難しない」ことについて、「正常化の偏見(正常性バイアス)」や「オオカミ少年効果」などの心理的な働きがあると指摘されてきた。本稿では大洗町で放送された防災行政無線の事例をことばや表現の面から報告するとともに、こうした心理的な働きの視点などから、命令調などで行われた防災行政無線の意味を考察して、今後の避難の呼びかけ方を考える一助としたい。

今回大洗町で防災行政無線の放送に携わった消防長は、「いざ災害が発生してしまったら、大勢の人を避難させるのには、もう『ことば』しか残っていない」と語る。効果的な呼びかけ方だけですべての人が避難するわけではないが、災害対策のあり方を再検討する際に、国や自治体にはぜひ参考にしてほしい事例だ。

メディア研究部(放送用語) 井上裕之