放送史

調査研究ノート

オーラル・ヒストリーを用いた新しい放送史研究の可能性

近年「オーラル・ヒストリー」と呼ばれる研究手法が、社会学、歴史学、民俗学、人類学などの研究領域で注目されている。この手法を用いて、放送史に新たな光をあてられないだろうか。NHK内外で保存されてきた、放送の草創期・全盛期に関わった650人を超える人たちの「証言」=オーラル・ヒストリーを活用しながら、「文字資料からでは知ることのできない」新しい放送史の可能性を探る。

放送史はこれまで、おもに編年体の資料によって記述・記録されてきたが、放送には実に多くの職種の人々が携わっており、多様な立場の個人個人がどのように放送に関わってきたのかは、関係者自身の「証言」(=「オーラル・ヒストリー」)によってしか知ることができない。「証言」を収集し、それらを既存の文書資料、映像・音声資料などとつきあわせる作業は、従来の放送史とは異なる、より立体的な放送史を生み出すことにつながるだろう。口述史料の信頼性に関する問題など、オーラル・ヒストリ-研究の方法論はまだ発展途上だが、歴史にアプローチする手法として、特に放送史において有効な手段になり得る。本稿では、日本における初のテレビ・ドキュメンタリー・シリーズとして知られる『日本の素顔』を事例に、オーラル・ヒストリーを活用した新しい放送史研究の一端を示す。たとえば、「ドキュメンタリーの草分け」といった言説とともに現在まで語られてきた『日本の素顔』だが、NHK・民放関係者のさまざまな「証言」によって、放送関係者の間で特権化された番組であったことが明らかになる。今後は、オーラル・ヒストリーのメリットを活かしたテーマでの研究(海外取材番組の黎明期、ドラマの現場など)とともに、これまで保存されてきた「証言」のデジタル・アーカイブ化を通して、研究基盤の整備も進めていく予定である。

メディア研究部(メディア史) 廣谷鏡子
東京大学大学院(学際情報学府) 松山秀明