メディアフォーカス

仏,37歳のINA所長公共放送ラジオフランスの新社長に指名

2013年の放送法改正で公共放送会社のトップの指名を,大統領ではなくメディアの独立規制機関が行うことになったフランスでは,法改正後初めてのケースとして,ラジオフランスの新社長に,37歳で現職のINA(国立視聴覚研究所)の所長が指名された。

フランスの公共放送各社のトップは元々,CSA(視聴覚高等評議会)が指名していたが,2009年の放送法の改正で,当時のサルコジ大統領の強いイニシアチブによって,共和国大統領が直接指名することになった。

しかし,公共放送に対する大統領権限が強くなりすぎるとして,当時この法案に反対した社会党は2012年春の大統領選挙で勝利し,オランド政権が誕生すると,2009年法の見直しを行った。その結果,「公共メディアの独立性を保障するためには,独立規制機関であるCSAが公共放送のトップを指名することが望ましい」として「公共放送の独立性に関する2013年の法」案を議会に提出し,2013 年10月までに上下両院で可決成立した。

CSAが指名することになったのは,いずれも国が100%の株主である株式会社組織のフランステレビジョン,ラジオフランス,それに国際放送を統括するフランス・メディア・モンドの3社の社長で,このうちラジオフランスのエス社長が2014年5月に任期満了となるため,CSAによって新社長の公募が行われた。その結果,12人の応募の中から書類審査で6人にしぼられ,2014年2月25日にCSA本部でオーディションが行われた。オーディションには再選をめざす現職のエス氏をはじめ,フランステレビジョンの事務局長,ドイツと共同の公共放送であるARTEの事務局長,それにINAのマチュー・ガレ所長ら6人が参加し,CSAの9人の評議員を前にそれぞれ30分の立候補表明のスピーチを行い,さらに1時間の質疑応答が行われた。2日後の2月27日,CSAは評議会を開き,評決の結果,9人の評議員の全員一致で,最年少のガレ氏をラジオフランスの新社長に指名した。

指名後の記者会見でCSAのシュラメック評議委員長は「我々はラジオフランスの歴史上最 も若い社長を選んだが,彼がふさわしいことは,INAのトップとして高い経営能力と戦略的なビジョンを示したことが証明している」と指名の理由を述べた。また日刊紙ルモンドは,ガレ氏が「公共放送グループであるラジオフランス,フランステレビジョン,フランス・メディア・モンド,それにINAの4者がニュースなどのネト配信の分野で連携する体制をつくり,デジタル分野での成長をめざす」と訴えたことがCSAの評議員に強い印象を与えたことや,若いガレ氏が若者のラジオ離れを食い止めてくれるのではないかと期待されたことが指名につながった,と伝えている。

ガレ氏は南部のロット・エ・ガロンヌ県出身の37歳,経済学の専門研究課程修了でパリ第 1大学パンテオン・ソルボンヌを卒業後,2001年,商業放送大手のCanal+社に就職し広報部門などで働いた。2007年にはメディアを管 轄する文化・コミュニケーション省のテクニカルアドバイザーに転身し大臣補佐官も務めた。この際,大統領による公共放送会社のトップ指名などを定めた2009年改正放送法の草案作りにも携わった。そして当時,文化大臣だった保守のフレデリック・ミッテラン氏に仕事ぶりを高く評価され,その強い推薦で2010年5月,33歳の若さでINAの所長に抜擢された。INAではアナログ時代の膨大な映像・音声資料を劣化や破損から守るため,デジタル化を強力に進める一方,放送界や研究者だけでなく一般視聴者も利用できる,放送済み番組の有料VODサービスも開始した。

放送法改正後初めての今回の指名にあたっては,CSAが政治的圧力を受けずにすむかどうかが焦点だった。2010年のサルコジ大統領時代に右派政権の文化大臣の後押しで,INAのトップに就任したガレ氏は,その経歴や人脈から右派寄りと目されている。それが今回は左派の社会党政権下で,公共放送ラジオフランスのトップにCSAから指名された。

CSAの評議委員長は,共和国大統領が指名することになっているが,左派のオランド大統領から2013年1月に指名されたシュラメック評議委員長が右派のガレ氏を支持したこと,また6人の候補者のうち左派系と目される3人の中からは選ばれなかった事実は,指名にあたって政権からの圧力がなかったことを物語っていると言えそうだ。

また公共放送社長の指名の権限がCSAに戻されたことで,CSAとしては今回,特に政治からの独立性に気を配ったことがうかがえる。CSAのシュラメック委員長は指名を前にして「今回は政権側からいかなる指示も示唆もないであろう。それは多分,初のケースだ」と語って予防線を張っていた。

ガレ氏は5月にラジオフランスの社長に就任する。経費削減のなかでのデジタル展開の推進と若者リスナーの回復といった課題を抱えながら,ガレ新社長は,INAの4倍以上の4,500人の職員のリーダーとなる。

新田哲郎