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香港,RTHK トップへの官僚起用に反発

香港特別行政区政府は9月9日,公共放送RTHKのトップである放送担当局長(Controller of Broadcasting, 廣播處長)に,政府官僚で労働福祉局ナンバー2の鄧忍光(Roy Tang Yunkwong)氏を任命した。RTHKのトップに官僚が起用されるのはこの50年あまりで初めてで,RTHKの労働組合や有識者などは,「公共放送を政府の宣伝機関におとしめるもの」として反発している。

RTHKは香港がイギリス領だった1928年に,植民地政府が運営するラジオ局としてスタートしたが,1954年にラジオ放送部門が政府の広報担当部署から独立し,そのトップとして放送担当局長が置かれた。このポストは政府の公職ではあるものの,RTHK 職員の内部昇格によるのが慣例で,編集権の独立は上級部門と放送担当局長が交わす協定書の中で保障されている。しかし,1997年に香港が中国に返還されてからは,RTHKの時事風刺番組などが親中派から「偏向している」との批判を受け,編集権の独立が危惧されるようになった。

2007年に当時の放送担当局長が女性問題で辞任した後,香港政府は2008年,公募に応募した人物の中から,過去にRTHKで番組制作などを担当した経験がある黄華麒氏(Franklin Wong Wah-kay)を選出したが,黄氏は香港政府の広報部門でも仕事をしていた経験をもち,「編集権の独立」を守る信念があるのか懸念する声が広がった。

その黄氏が健康上の理由で今年2月の期限切れ後の続投を辞退したため,香港政府では放送担当局長を再度公募したが,戴健文放送担当局長補佐などRTHK内部の候補者を含む26人の応募者の中で「適当な人材が見当たらなかった」として,応募者の中からではなく,官僚出身の鄧氏を任命した。

しかし,鄧氏にはメディアに関する経験が全くなく,この人事が発表されると,RTHKの労働組合やメディア関係者などの間で相次いで反発の声が上がった。このうちRTHK番組制作人員組合の麦麗貞(Janet Mak Lai-ching)委員長は,「9月9日は公共放送にとって“暗黒の日”となった」と述べ,今回の人事は,政府がRTHKの編集権の独立を侵害する行為に他ならないと批判した。そして組合では,鄧氏が初めて出勤した15日,オフィスの入り口に黒い絨毯を敷き,黒い服装に身を包んだ組合員たちが「任命を撤回せよ」などと書かれたプラカードを掲げる抗議活動を展開した。香港記者協会も9日,「官僚がRTHKのトップのポストを握れば香港の自由な言論空間が傷つく」として,公共放送に詳しい人材を選び直すよう要求した。

こうした批判に対し鄧放送担当局長は,「RTHKの編集権の独立を守る」と述べたが,9月末現在,RTHKのトップとしての具体的な方針などは打ち出していない。また香港政府は,RTHKが今後取り組む新放送ビルの建設やデジタル化の推進などの業務に鄧氏の経験が役立つとしており,当面人事を見直す可能性には否定的である。

RTHKのトップ人事については,イギリス植民地時代はその編集権の独立に配慮した人選がなされていたが,中国への返還後は,香港政府が中国の意向をおもんぱかる傾向が次第に強くなっており,今後のRTHKの運営をめぐっては,政府と組合やメディア団体などの間で綱引きが続きそうである。 

山田賢一