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仏公共放送広告全廃暗礁に与党が存続案提出

サルコジ大統領の与党,国民運動連合のジャン-フランソワ・コペ下院議員団長は4月8日,公共放送フランステレビジョンの広告全廃を断念し,広告放送の存続を認める法律の草案を国会に提出した。

ヨーロッパでは多くの国の公共放送が広告収入に依存しているが,フランスでは2008年1月サルコジ大統領が公共放送の広告廃止の方針を突然表明,これを受けて超党派の国会議員,関係省庁の官僚,放送界代表等からなる「新しい公共放送委員会」が設けられた。サルコジ大統領の指名でこの委員会を主宰したのがコペ氏であった。

通称「コペ委員会」での4か月に及ぶ論議の結果,5チャンネルある公共放送の経営統合と機構改革,番組編成改革,そして広告放送の廃止が打ち出され,これらを盛り込んだ改正放送法が制定された。広告廃止は段階的となり,フランステレビジョンの経営委員会は,2009年1月から午後8時以降翌朝6時までの広告の廃止を決定,実施した。改正法では,フランス全土でアナログ放送からデジタルに切り替わる予定の2011年末には,広告全廃が計画されている。

しかし,広告に代わる財源の問題がここにきて大きく立ちはだかってきた。改正放送法では財源不足を補う方法として商業放送の広告収入に上乗せ課税するとともに,インターネットや携帯電話等を通じて新たにメディア業界に参入してきた電気通信事業者等の収益に対する新たな課税を公共放送の財源に充てるとした。これに対してEUの行政執行機関であるEC(欧州委員会)は今年1月下旬,電気通信事業者への課税は行政の責任を民間に転嫁することであり,自由競争を旨とするEU法違反であると警告,フランスの回答によっては法的手続きに入るとフランス政府に伝えた。

メディアを管轄するフレデリック・ミッテラン文化通信相は回答期限の3月30日記者団に問われて,「公共放送の財源不足を補う他の方法を見つけなければならないだろう」と答え,ECからクレームのついた電気通信事業者への新規課税をあきらめることを示唆した。こうした流れのなかで今回コペ氏が,かつて自ら委員長としてまとめた法律を自ら修正する改定案を下院の文化委員会に提出した。

2009年の1年間を通じて継続された午前6時から午後8時までのフランステレビジョンの広告収入は3億7,500万ユーロ(約470億円),これは電気通信事業者への新税で見込んでいた税収にほぼ匹敵する。広告放送全廃の当初目標を捨てて現状の広告を維持すれば,財源の確保が可能となる訳だ。

一方,2009年改正法で求められているフランステレビジョンの機構改革も待ったなしである。F2,F3,F4,F5,それに海外領土向けのRFOと5つあるチャンネルごとの労働組合は,6月7日までに統合することで,現在経営と各組合との間で話し合いが進められている。

また通称コペ委員会で財源問題と並んで論議を呼んだのは,フランステレビジョン会長の選任問題だった。これまでは独立規制機関CSA(視聴覚高等評議会)が指名してきたが,改正法によって大統領が直接指名することとなった。シラク大統領時代に指名された現在のパトリック・ドゥ・カロリ会長の任期は今年8月25日までである。サルコジ大統領が誰を新会長に指名するのか,すでに新聞紙上などで候補者の名前が取り沙汰され始めている。いずれにしても夏に向けて経営陣も労働組合も刷新されることは間違いない。

こうした大改革のさなかでの法律修正案提出に政府関係者側には当惑の声もある。「広告廃止によって公共放送に新風を吹き込んでいるこの時期に広告問題を見直すというのは,時期尚早である。加えて財源問題解消のために一部広告を継続するという手の内を明らかにしてしまっては,欧州委員会との交渉の余地もなくなる」といらだちを隠さない。

そもそも2009年改正放送法で広告全廃が掲げられたのは,公共放送が市場競争の枠組みからはずれてスポンサーや視聴率に左右されず,マイノリティー(人種,宗教上だけでなく少数の愛好者という意味も含めて)のために文化と多様性を尊重する番組を創造するためであった。その大義名分があるのなら受信料の値上げはできないのか? 改正放送法では受信料にあたる公共放送税(contributional'audiovisuel public)については,消費者物価指数に連動することとなった。2010年は2009年に比べ1.2%増の121ユーロ(約1万5,000円)。これはイギリスBBCに比べると7,000円ほど安いレベルで,ミッテラン文化通信相は「値上げはショッキングなことではない」と発言している。しかし,サルコジ大統領はかつて値上げしないと公言しているうえ,3月の地方選挙で与党,国民運動連合が大敗したこともあって,公共放送税の値上げは政治的に困難な選択だ。大改革のさなかにある公共放送フランステレビジョンは,永続的な財源確保の問題で試練の時を迎えている。

新田哲郎