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オランダ公共放送に右派勢力が台頭

オランダの教育・文化・科学相は2009年11月4日,2つの右派系の放送団体WNLとPowNedが,NPO(オランダ公共放送)に加入することを承認した。これらの団体は,2010年9月からNPOのテレビチャンネルに週に2 時間,ラジオに9時間の放送枠と,年に700万ユーロ(約93億円)の政府交付金を得る。右派勢力がNPOに加入するのは初めてのことであり,オランダで話題を呼んでいる。

WNLとPowNedはともに,オランダで最大の発行部数を誇る大衆紙De Telegraaf関連の団体である。WNL(「目覚めよオランダ」の意)は,同紙の編集長シュール・パラデイス氏が発起人となって設立した団体で,国民の多数派である保守リベラル層の価値観と規範を反映する番組作りを目指す。WNLは,この層の関心はこれまでNPOのニュースや時事番組には十分に反映されてこなかった,としている。

PowNed(「賢明なオランダ人のための公共放送」の意)は,Telegraafグループ傘下の人気ウェブサイトGeenStij(l「無作法」の意)の呼びかけで設立された放送団体。GeenStijlは,乱暴で挑発的な文章,悪ふざけのような企画,左派政治家やイスラム系住民への攻撃的なコメントなどで物議をかもすニュースサイトであるが,PowNedも,「ユーモアの感覚を混ぜた,生意気で,やりすぎと言われるような報道」で,30~40代の視聴者を引きつける番組を制作するとしている。

オランダの公共放送(NPO)は,政治信条,宗教観,ライフスタイルなどを放送に反映させることを目的に組織される民間の放送団体が,会員数に応じて放送時間と交付金の割り当てを受け,共同の送信施設を使って放送する,という独特の方式を採用している。放送団体は不偏不党である必要はなく,NPOの番組編成全体でバランスがとれていることが求められる。放送時間と資金の割り当てを受けるには,会員を5万人以上集め,番組制作の方針と計画を提出し,文科相の認定を受けなければならない。認定は,独立規制監督機関のメディア委員会や,文化院,NPO執行部の意見書にもとづいて行われ,5年ごとに見直される。今回,WNLとPowNedが会員5万人を集めて認定を受けた一方,左派系の環境・人権志向の放送団体Llinkは,魅力ある番組制作と財政運営に失敗したとして認定を取り消された。

今回の認定についてDe Telegraaf紙は,「NPOにおける左派支配がついに終わりを告げた」と報じた。NPOのハーホールト会長は,「NPOの政治的スペクトルに欠けていた要素が揃った」と歓迎し,プラステルク文科相も「これでNPOは“左派の牙城”だなどという非難は出てこなくなるだろう」と述べた。

こうしたNPO内のバランス変化の背景として,2002年の右翼政治家ピム・フォルタイン氏と,2004年のイスラム批判の映画監督テオ・ファン・ホーフ氏の暗殺以後,体制メディアは左派に偏りすぎているとの批判が大きくなっていたことは見逃せない。2つの放送団体はまだ小規模で,放送時間の割り当ては少ないが,この決定が公共放送のジャーナリズムの質の向上と活性化につながるのか,あるいは社会の右傾化に迎合したにすぎず,むしろオランダの公共放送制度の弱点を示したものになるのかを,今後注意深く見守る必要があるだろう。

杉内有介