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ドイツ公共放送ARD,民業圧迫批判のなかで北京五輪放送計画を縮小

ARD(ドイツ公共放送連盟)は4月16日,夏季オリンピック(以下,五輪)北京大会(8月8日から同24日)の放送計画を公表した。その際,ARDが,放送政策の枠組みを策定する各州政府の意向に沿うかたちで,当初の予定よりも五輪の放送規模を縮小したことが明らかになった。基幹チャンネルDas Erste(第1テレビ)での放送時間は,2004年のアテネ大会時と同じ1日18時間程度とするが,デジタルチャンネルのEinsPlusと EinsFestivalでは,前回大会時の各16時間から,それぞれ12時間,8時間に短縮する。

欧州委員会,“民業圧迫”状況の是正を勧告

ドイツでは,受信料を財源とする公共放送のサービスに対し,商業放送事業者が“民業圧迫”を批判し,欧州委員会に向けて苦情申し立てをたびたび行ってきた。調査を行った欧州委は2005年,ドイツ政府に対し,公共放送制度を改め,市場での競争の阻害要因を排除するよう求めた。政府は,公共放送に関し,デジタルチャンネルの性格づけをより明確に定義する規定や,スポーツ放送権については,不使用の権利をサブライセンスする義務規定を盛り込んだ改正法の立案作業を行っており,2009年4月までの成立を目指している。政府は,制度改正を注視する欧州委を意識して,公共放送の五輪放送計画を検証することとなった。

公共放送が五輪中継を独占的に実施

五輪の放送について,ドイツではARDと,同じく受信料を財源とする公共放送ZDF(第2ドイツテレビ)が,欧州放送連合(EBU)から放送権を包括的に共同購入し,協力して実施している。北京五輪の放送権は,トリノ冬季五輪も含めた2大会合計で約7億ユーロで2000年に購入した(約700億円=当時)。商業放送事業者は放送権を獲得していない。

ARDとZDFは,デジタルチャンネルを各3つずつ保有し,地上・衛星での同時放送を1日24時間行っている。これらのチャンネルは,国内世帯の約4割で視聴可能だが,視聴シェアのパーセンテージは小数点以下と少なく,公共放送の基幹チャンネルやRTLなどの商業放送チャンネルに全く及ばない。

ARDとZDFはアテネ大会時,包括放送権を活用し,初の試みとして,両機関合わせて最大で3つのチャンネルを同時に使い,別々の内容を放送した。開催地との時差は1時間で,生中継をてこに最高の視聴者数を獲得しようと,注目度の高い競技を基幹チャンネルで,それ以外を補完的にデジタルチャンネルで放送した。ARDは,北京大会でも前回同様,2つのデジタルチャンネルで,7時から23時の1日各16時間,五輪を放送する戦略だった。

ARD,批判を回避する選択

ARDは,公共放送による幅広い五輪報道は,視聴者の関心に応えるサービスで,スポーツイベントが社会統合の機能を持つ点,包括放送権が有効活用される点で,社会的,経済的にも有意義であると主張していた。ARDには番組編成の自主自律が認められており,州政府側には,何をどれだけ放送すべきかを指示する権限はない。しかし州政府は,法律の定める,公共放送のデジタルチャンネルの任務とはそもそも,教育・文化・情報であり,1日各12時間,8時間を超えるスポーツ中継の実施は,任務からの逸脱となると指摘した。ARDは,法改正議論のなか,さらに批判を浴びることがないよう,北京五輪の放送規模を抑える決断をした。

伊藤 文