メディアフォーカス

中国,チベット“暴動”のメディア報道

中国のチベット自治区では,中国政府のチベット政策に抗議する民衆蜂起49周年に当たる3月10日前後から僧侶らによるデモが発生,3月14日には商店などを焼き討ちするなどの“暴動”が起こった。これについて国営の中国中央テレビ(CCTV)は,新華社配信の原稿を使う形で,炎上した家などの映像とともに翌日朝,短く伝えた。また3月21日には,夜7時からニュース番組『新聞聨播』で,7時16分から約6分間,壊された住宅の映像や翌日の人民日報社説の内容などを伝え,“暴動”は「ダライ集団が組織的・計画的に行った活動」などとして,ダライラマ14世が指導するチベット亡命政府を激しく非難した。その後7時40分ごろからのニュース特集『焦点訪談』の時間には,「ラサ 3.14 暴力事件ドキュメント」と題した番組が放送された。番組では,警察官に投石したり,商店のシャッターを蹴って壊したり,通行人を鉄の棒のようなもので殴りつけたりする男達の映像が放送された。さらにレストラン・ホテルなどが放火され焼け落ちた様子も映し出され,「新華社チベット支社や政府機関も襲撃された」とコメントが入った。そして放火によって焼死した18歳の女性の兄・父・友人の涙ながらのインタビューも紹介された。しかしチベット亡命政府が,一連の事件のなかで中国当局の発砲により多数の死者が出たと主張しているのに対し,この番組では「警察は殺傷性のある武器を使わず対応した」と述べるだけで,当局による鎮圧の映像は出てこない。また番組では,チベット民族と漢民族の文化的対立など,“暴動”が起こった社会的背景についての分析もなかった。

中国の各メディアはこの事件を報じた西側メディアの一部が,インドの警察が抗議デモの参加者を逮捕している写真に「中国軍が抗議のチベット民族をトラックに引っ張り込む光景」と注をつけたことなど,様々な誤報があった問題を大きく報じ,「西側メディアの一部は悪意を持ってチベットの暴動を報じている」と対決姿勢を鮮明にした。

中国政府はこの事件に際して,事件直後に現地入りした香港の記者達を強制退去させるなど,当初海外メディアに対する統制を強めた。しかしジャーナリストの国際組織である「国境なき記者団」が,3月17日の声明で中国政府の報道規制を強く非難すると,3月26日から3日間,アメリカのAP通信やイギリスのフィナンシャル・タイムズ,日本の共同通信など香港・台湾を含む19社の記者26人を対象にチベットへの取材ツアーを実施した。中国政府はこのツアーによって,海外メディアの批判をかわすとともに,現在のチベットは平穏な情勢になっていることを示す狙いがあったと見られている。ところが一行がラサのジョカン寺を取材していた際,数十人の僧侶が突然現れ,「政府の言っていることはすべて嘘だ」「チベットには宗教の自由も人身の自由もない」「我々の本当の状況を全世界に伝えて欲しい」などと口々に記者に訴えた。

中国の一般市民は,国内でチベットについての報道が統制されていることなどから,政府の主張をそのまま受け入れる人が多く,インターネット上でも人民日報のサイトにある『強国論壇』などは,「やつらを殺せ! 」「国家の安全を脅かすテロリストに鉄拳で制裁を! 」などとする“愛国的ネットユーザー”の書き込みであふれた。

山田賢一