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インド: 本格的な稼動を開始したCATVのCAS

3大都市のCATV でCAS が始動

2006年12月31日,インドで「メトロ」と呼ばれる4大都市のうちデリー,ムンバイ,コルカタで,CATVによる有料チャンネルの視聴に CAS(Conditional Access System,限定受信システム)の導入が始まった。導入はそれぞれの指定された地域に限定されている。

インドではそれまで,もう1つの「メトロ」チェンナイを除き,CASはほとんど実施されておらず,全国で7,000万近いCATV加入世帯の大多数は,地元局が配信するチャンネル(有料チャンネルと無料チャンネル併せて数10~100ch以上)を一律料金で視聴してきた。しかしCASが導入されると,その地域のCATVで有料チャンネルを視聴するには,CAS対応のデジタル・セットトップボックス(STB)を設置(購入かリース)し,視聴する有料チャンネルと契約する必要がある。CAS実施地域の有料チャンネル視聴料金は,商業放送の規制監督機関TRAI(電気通信規制委員会)により,どのチャンネルも月額5ルピー(約15円)と定められている。公共テレビやニュースチャンネル,一部の外国チャンネルなど無料チャンネルだけを視聴する世帯はSTBを設置する必要がなく,30ch程度のパッケージに対し一律月額77ルピー(約225円)の料金を支払うことになっている。CASでの有料チャンネル視聴を選択した世帯も,この料金はCATVの基本料金として支払わなければならない。

CAS導入の直後は,各地域のSTBを設置していない世帯で有料チャンネルの番組が画面から消えたことによるパニックやSTBの在庫不足など混乱も伝えられたが,概ね順調に推移し,1月17日,TRAIのミスウ委員長が,CAS実施地域内でCATVに接続している計120万世帯のうち既にSTBを設置した世帯が38万2,000世帯に達したことを明らかにした。 情報放送相も同日の記者会見で,CAS導入は成功だったとし,3メトロの全域でCASを早期に実施し,他の都市にも段階的に導入していきたいとの意気込みを示した。

挫折の過去~ CATV へのCAS 導入~

インドでCATV へのCAS導入が試みられたのは今回が初めてではない。2000年前後からCATVに配給される国内外の人気チャンネルが次々有料チャンネル化していった結果,CATVの視聴料金が高騰し大きな社会問題となった。BJP(インド人民党)を中核とする当時の政府は,CATVで有料チャンネルを視聴する場合,加入世帯が視聴するチャンネルを選択し,そのチャンネルの分だけ料金を支払うことが可能になるCASの導入を決意,2002年末,CAS導入を骨子とする「ケーブルテレビ・ネットワーク規制法」改正案を通過させた。しかし,これはインドのメディア史上最大の事件とも呼ばれる大騒動の幕開けでもあった。

政府は先ず,4メトロ( デリー, ムンバイ,コルカタ,チェンナイ)での2003年7月実施を目標に準備を進めた。しかし,かねてから放送事業者とMSO(Multiple System Operator),そして地元CATV事業者の間にわだかまっていた不信感と対立は解消せず,政党・党派の駆け引きや輸入に頼るSTBの極端な不足も重なり,収束不能の事態に陥った。その結果,チェンナイを除く3メトロでのCAS導入は見送られることになった。

その後CASは忘れ去られたかの感があったが,インフラ整備に多額の投資を行ったMSOなどが実施を求める裁判を続け,2006年7月,3メトロへの CAS導入を命じるデリー高裁の判決を勝ち取った。その判決を機に,会議派中心の現政府が3メトロに,12月31日を目処にCAS導入を図るよう通達を出したことで,前政権による当初の計画から3年以上を経て,CASは本格的な稼動に向け動き出した。

CAS かDTH か,熱を帯びる顧客獲得の競争

TRAIや情報放送省がCATVによるCASの進捗状況に楽観的な見通しを示している一方で,CAS実施地域で繰り広げられているCAS とDTH(有料衛星放送)の顧客獲得競争では DTH善戦との見方が業界筋では広がっている。

CASの導入でCATV接続世帯が有料チャンネルを視聴するにはSTBの設置など新たな初期投資が必要なことから,有料DTH事業者(Dish TV,Tata Sky)は都市の有料チャンネル視聴世帯をCATVから衛星放送へシフトさせる絶好の機会と見て果敢な売込みを図っている。例えばDish TVは,CAS実施地域に対象を限定した特別割引視聴料金を設定,Tata Skyは,1月10日までに加入を申し込めば視聴料金を6か月間無料にするなどのサービスを展開した。その結果,CAS対応STBの在庫不足がDTHに味方したこともあって,新規のDTH加入契約は大幅に伸び,後発Tata Skyの加入件数は1月中に50万,先発Dish TVの加入件数は去年12月の175万から間もなく200万の大台に届くと予測されている。

今後CASの実施地域は段階的に拡大されていくであろうが,大都市ではIPTVも参入を始めており,インド有料放送市場の顧客獲得競争は今後,CAS,DTH,IPTVによる三つ巴の争いに移りそうである。

塙 和磨