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ニューヨーク・タイムズ記者,釈放され証言

~米高官によるCIA工作員身元漏洩疑惑~

ブッシュ政権のイラク政策を批判した元外交官ジョセフ・ウィルソンの妻がCIAの工作員であることが,2003年7月14日,保守系のコラムニスト,ロバート・ノヴァクの記事によって明らかにされ,ブッシュ大統領の次席補佐官カール・ローヴとチェイニー副大統領の首席補佐官ルーウィス・リビーがその情報源ではないか,という疑惑が持ち上がった。CIAの工作員の身元を明かすことは連邦法で禁じられている。このため,CIAの要請で捜査が開始され,2005年10月28日,リビー補佐官が大陪審での偽証などの罪で起訴されて,この事件は一段落した。

この捜査の過程で,この問題の取材に関わったニューヨーク・タイムズ(以下,タイムズ)紙の安全保障問題担当の記者ジュディス・ミラーが,情報源の秘匿を理由に,大陪審での証言を拒否し,2005年7月6日,拘置所に収監された(本誌2005年9月号本欄)。

しかし,その後,ミラーは,情報源の1人であるリビーから証言の許諾が得られたなどとして,証言することに同意し,85日間に及ぶ収監を解かれて,9月30日と10月12日,大陪審に出頭して証言を行った。

ミラーは,その内容について,10月16日のタイムズ紙で報告している。それによると,ミラーは,大陪審で,

  • リビーからは,イラクで大量破壊兵器が見つからなかった問題に関して話を聞くために,ノヴァクの記事が出る前に,3回取材したこと
  • 最初に会った時に,ウィルソンの妻がCIAで仕事をしている,という話が出たこと
  • 2回目に会った時に,ウィルソンの妻は,CIAのWINPACと呼ばれる非通常兵器に関する情報を分析する部門で仕事をしていると聞かされたこと,しかし,その時は,ウィルソンの妻は工作員ではなく分析官として仕事をしている,と受け止めたこと
  • ウィルソンの妻の名前をリビーから聞いたかどうかははっきりせず,名前は他の情報源から聞いたと思われること などを証言した。

一方,タイムズ紙は,この問題についてタイムズ社がどのように対応したか,などを検証した記事を,ミラーの報告記事が掲載されたと同じ10月16日の紙面に掲載し,ミラーが証言を拒絶することを決めた時,タイムズ社はただちに彼女を支持することを決めた,などと述べている。しかし,その6日後の10月22 日には,タイムズ社の編集主幹が,社員にメールを送り,ミラーが,当初,ウィルソンの妻の身分を明かされた記者の1人であることを否定して,タイムズ社の判断を誤らせ,1年に渡って対応が遅れた,などと批判した記事を掲載した。

この事件の背後には,ブッシュ政権に,ウィルソンの信用を失墜させようとする,当初考えられていたよりも積極的で広範な工作があった,と指摘されている。ミラーは,イラクに大量破壊兵器が存在する,とする数々の「ほとんど検証不可能な特ダネ」を書き連ねて,批判を浴びた(本誌2003年12月号)。今度の事件では,そのミラーが,証言拒絶を貫くことによって,結果的にブッシュ政権によるウィルソンに対する攻撃に加担した,という批判が強まっている。

海部一男