メディアフォーカス

テレビ局の“商業主義”抑制対策本格化

―台湾衛星テレビ局免許取消騒動の教訓―

台湾では,7月末のケーブルテレビ向け衛星チャンネルの免許更新にあたって,メディアを管轄する行政院(内閣に相当)新聞局が,7 チャンネルについて“やらせ”などの不正行為の多発を理由に免許取消の処分を下した。これに対し野党が「言論の自由への介入」と反発するなど台湾では一大騒動が巻き起こったが,有識者や視聴者の間では「商業主義のテレビ局に問題がある」との声が強く,メディアは必ずしも世論を味方につけることはできなかった。台湾のテレビ局の“商業主義”に対する批判は最近特に強まっており,一部の局では定期的に自社のニュース報道を検証する番組を放送し始めるなど,批判に応える取り組みも見られるようになってきた。免許取消騒動の経緯を振り返る中で台湾のテレビ業界が現在直面している問題を明らかにすると共に,各テレビ局及び市民団体・行政当局などが,どのような処方箋せんを模索しているのかを見ていきたい。

衛星テレビ局免許取消のいきさつ

台湾では,衛星テレビ局の免許更新前の2005年7月末現在,地上テレビ局が公共テレビを含め5社・14チャンネル(地上デジタル放送を含む),ケーブル向けもしくは直接受信による放送を行う衛星テレビ局が海外を含め 80社・143チャンネルあった。ケーブルテレビの普及率が85%に達する台湾だが,総人口が2,300万人ほどの限られたマーケットにおいて,150を超すチャンネルがひしめく状況は,激しい競争を引き起こす。制作コストを抑えつつ視聴率を上げようとするので,番組は往々にして「性」「芸能」「事件」などに傾斜したセンセーショナルなものになりがちで,有識者や視聴者からは苦情が絶えない。

こうした中,2005年7月31日,新聞局は6年に1回行われる衛星テレビ局の免許更新について,新聞局組織条例に基づいて設置された審査委員会(有識者12人で構成)を開き,期限内に免許更新申請のあった69チャンネルのうち 7チャンネルの免許を取り消すことを決め,発表した。免許が取り消されたのは,「東森新聞S台」「龍祥電影台」「蓬莱仙山」「ウォールストリート財経台」「欧棚電視台」「彩紅頻道」「CASA房金衛視頻道」の7チャンネルで,このうち「東森新聞S台」はニュースチャンネルである。「東森」は総合・ニュース(2チャンネル)・映画・子ども・ショッピングなど合わせて10を超すテレビチャンネルを運営する台湾最大手のメディアグループで,総裁の王令麟氏が野党第一党の国民党の大幹部をかつて務めていたこともあって,系列のニュースチャンネルの免許取消が報じられるとすかさず,政治的な決定だとする反発が出た。 7月の党内選挙で国民党の新主席に選ばれたばかりの馬英九氏は,「与党はメディアの専門性を尊重していない」「免許更新を利用したメディア弾圧」などと批判した。またフランスに本部を置く「国境なき記者団」やアメリカに本部を置く「ジャーナリスト保護委員会」など海外のメディア団体も今回の免許取消処分を非難した。

免許取消の理由

処分の措置を決めた新聞局は「審査過程が不透明だ」といった批判に応えるため,翌8月1日には12人の審査委員リストのうち,本人の了解が取れた人の分を公表(その後全員の名前を公表),8月29日には免許更新に関わる審査内容を記した報告書を公表して,処分が法に基づいて行われたものであることを強調した。

そこで示されている,各チャンネルの免許取消の主な理由は,“性”を売り物にした番組が多いことや,“やらせ”など虚偽・誇大な報道が多いこと,営業収入が減少し経営能力に欠けることなどが挙げられている。そして放送内容に関する問題は,番組広告諮問会議(新聞局組織条例に基づいて設置された有識者による諮問機関)の審議をもとに新聞局が行った罰金処分の回数の多さを重要な判断基準としたことを明らかにした。今回「言論の自由」との関係で特に問題になった「東森新聞S台」については,女性がズボンを脱ぐ映像を強調し衛星ラジオテレビ法第18条第1項に違反するなど,6年間に受けた行政処分の件数はニュースチャンネルでは3番目に多い23件で,罰金は合計755万5,000元(約2,600万円)にのぼっている。最も違反が多かったのは東森が運営する別のニュースチャンネル「東森新聞台」だったが,新聞局では東森がニュースチャンネルとして「東森新聞台」に今後より力を入れて取り組むと表明していたことなどを考慮したとしている。また「東森新聞S台」では,今年6月に『社会追輯令』という番組の中で,葬儀場で遺体の近くに供えるご飯を業者が後で回収して売ったという“特ダネ”の映像が後で全くの“やらせ”だったことが判明し,番組が中止に追い込まれた事件も痛手となったようだ。

社会の声は“メディア批判”が大勢

今回の免許取消処分に対しては,確かに野党からの批判は強かったが,国際ジャーナリスト連盟の会員で,台湾の各メディアの記者が個人の資格で加入している「台湾新聞記者協会」が8月2日に発表した声明では,免許取消となった7チャンネルの事業者に対して社員の能力や希望に応じた適切な仕事を割り当てることや,解雇する場合は法に基づく手続きを踏むことなどを求めたものの,政府を批判する文言は見られない。

台湾のメディア NGOである「媒体改造学社」の発起人である政治大学の馮建三教授は,この問題での筆者の質問に対し,「現在の台湾のメディアは“規範”を欠いており,視聴者は今回の措置を必ずしも『言論の自由』の侵犯とは考えていない」と話す。そしてむしろ審査委員の出した結論は,「これまで政府がメディア市場に“規範”をもたらすという職務を果たしてこなかったことの現れだ」と判断する。こうした馮教授の見方を裏づける動きが実際に起きた。免許取消騒動のさなかの8 月8日,婦女救援基金会・台湾少年権益與福利促進聯盟・台湾原住民政策協会など台湾の62の社会団体が合同で,メディア監視のNGO「公民参與媒体改造聯盟」(以下聯盟)を設立することが宣言されたのである。聯盟では設立の理由として,最近のメディア報道は女性・児童・同性愛者などの社会的弱者に対する人権侵害が目立ち,メディアに「自律」の能力が欠けていると厳しく指摘している。そしてメディアの改善には,「自律」と「他律」の両方が必要で,「自律」はメディアだけに頼ることはできず,「他律」も政府だけに頼ることはできないので,どちらにも何らかの形で市民が参加することが欠かせないと述べている。聯盟ではその一環として8月17日,民間団体・学者・メディア関係者・政府代表・関心を持つ一般市民を招請した「メディア改造」に関する公聴会を開催した。

メディア側にも「自己批判」の取り組み

こうした有識者や視聴者からの批判に対してメディアは従来,ほとんど無視を決め込んでいたが,テレビ局の免許取消の可能性が指摘され始めた頃から,一部の局では「自律」への取り組みをスタートさせた。ケーブル向け衛星テレビ局の大手で,香港のTVBの系列会社であるTVBSでは,7月31日の午後5 時から5時半にかけて,『News Watch 新聞検験室』という,ニュース報道のあり方を批評する番組を総合チャンネルで放送した。そして9月4日からはこの番組をニュースチャンネルの毎週日曜日午後2時から3時まで放送している。台湾では初めてとなるこの“自己批判番組”,9月11日放送分では,キャスターの新聞評論員の他,台湾師範大学大衆伝播所所長とTVBSニュース部のデスク2人が出演した。そして最近一週間のニュース報道に問題がなかったかについて,いくつかのテーマを取り上げ,視聴者からの意見も随時紹介しながら討論した。

最初の話題は,台湾軍のある連隊長が戦車をトラックに載せて運ぶため誘導していて戦車にひかれ死亡したというニュースで,このニュースはその後,連隊長の婚約者の女性がテレビカメラを前に,亡くなった連隊長の精子を人工授精用に保存して欲しいと台湾の国防部長に求めたことから,扱いが大きくなった。この事案について師範大学の胡幼偉所長は,通常の事件事故の被害者はサングラスをしてマスコミを避けるのに,この婚約者の女性はサングラスをしないばかりかマスコミに「誰か協力して」と訴えるなど,やや特異なケースであるとした。その上で,彼女の感情が昂ぶっているときの発言をそのまま紹介していることについて,「しばらく時間がたって冷静になったら,彼女の考えは変わるかもしれない」と述べ,若干の疑問を呈した。この問題で視聴者からの電話を受け付けるコーナーでは,「メディアが情緒的に彼女の側に立って裁判官のように結論を出すのはおかしい」との批判も出された。またTVBSニュース部のデスクは,本来事故そのものの原因と責任の追及もすべきところが,精子保存の方に完全に注目が移ってしまったことに反省の意を示した。

その次のテーマでは,住宅密集地に次々とつくられる携帯電話の基地局が,住民の健康に影響を与えるのではないかとして反対運動が起きている話題が取り上げられた。最初のリポートでは住民の抗議行動ばかりが取り上げられていたため,胡所長は「住民以外に専門家の声も紹介した方がバランスの取れたリポートになる」と述べた。

また視聴者からの意見を紹介するコーナーでは,弱視の女性を取材した記者が「画家になりたい」と言った女性に対して「描いても見えるの?」と聞いたことが女性を傷つけたとの指摘があり,TVBSのニュースデスクは自己批判を余儀なくされた。

この番組はニュース報道のあり方についてメディア研究者と報道現場の担当者が問題点を話し合うという斬ざん新な方式をとっている。台湾政治大学の翁秀琪教授は筆者に,「メディアが自らのニュースについて自己批判・反省をするのは良いことだ」と述べ,TVBSがこの他「自律委員会」を設置して他の衛星ニュースチャンネルと共に青少年の犯罪容疑者や性犯罪の被害者などの権利に配慮するとの「自律公約」を表明したことを評価している。その一方,こうした取り組みは「免許更新」のための一時しのぎに過ぎないとの声もメディア関係者の中にあることから,翁教授は「彼らが本気であることを望む。その見極めにはまだ時間がかかる」と話している。

独立規制機関(NCC)の設置論議の行方

今回の「免許取消」問題は,メディアの側に主要な責任が帰せられた感があるが,行政当局のあり方にも議論がなかったわけではない。中国語で「寒蝉」効果というが,季節はずれのセミの鳴き声が弱々しいように,行政当局の強権発動によって,メディアが萎縮する可能性の指摘である。9月12日付け星報の報道によると,免許取消騒動の後,政府高官の出席する行事には,全てのニュースチャンネルが取材に訪れ,衛星中継を行うようになったという。

台湾では以前から,新聞局をアメリカのFCC(連邦通信委員会)のように独立性の高い規制機関(NCC=通訊伝播委員会)に改組すべきだとの議論がなされており,既にNCC設置のための「通訊伝播基本法」は2003年12月に立法院を通過し,2004年1月に公布されている。今回の免許取消騒動を機に,NCCの早期設立で与野党が一致し,秋の立法院の会期中に,既に行政院から提出されている「通訊伝播委員会組織法草案」が優先議題として審議される見通しとなった。この草案では,NCCの役割について,通信・メディア事業の運営の監督・管理及び免許の交付,コンテンツの“規範”の確保,業界の競争秩序の擁護・維持などを司るとされ,メディア界や教育界などの有識者の委員7人(任期5年)が行政院長(首相)の指名に基づいて業務を遂行するとされている。 NCCに関しては,先述の「公民参與媒体改造聯盟」も9月9日,他のメディアNGOと共同で「我々はどのようなNCCを必要とするのか─NCCと台湾のラジオテレビ政策の発展」と題する座談会を開いた。そして出席した専門家の間で,NCCの設立にあたっては政治や商業利益の圧力を排除しなければならず,メディア規制業務に一定の市民参加が必要だとの共通認識が得られた。

このNCCの設立にあたって,今最も問題となっているのは,委員をいかに選出するかである。野党側は,立法院における議席数に比例した形で各政党が委員を送り込める形にするよう主張しているが,与党側はこれでは立法院で多数を占める野党の意向が強く出すぎるとして政治色の薄い専門家の起用を主張し,9月27日の立法院の会議ではこの問題をめぐり乱闘寸前の状況にまで至った。台湾大学新聞研究所の洪貞玲助教授は,与野党双方の委員選出案を批判し,政治介入の可能性を排除するため,NCC委員は行政院が広く社会から意見を聞いた上で指名し,立法院が公開の場で同意権を行使する形にすべきだと主張している。

今後は,メディアの「自律」へ向けた取り組みの進展と,NCCの早期設立など「他律」のための制度整備が,テレビ局などの過剰な“商業主義”対策として特に注目される。

山田賢一