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インド,放送事業者によるコンテンツの独占的提供禁止へ

インドで放送分野の規制監督権限も併せ持つTRAI(Telecom Regulatory Authority of India,インド電気通信規制委員会)は, 12月10日,「2004年電気通信(放送,ケーブルサービス)の相互接続に 関する規則,Telecommunication(Broadcasting and Cable Service) Interconnection Regulation 2004」を告示し,ケーブルテレビ事業者 やDTH(直接受信)衛星放送事業者,MSO(マルチシステム・オペレーター) などチャンネル配信事業者から要請があれば,放送事業者がコンテンツ (チャンネル)を差別せず提供することを義務づけた。「マストプロバイド 条項」とも呼ばれる規則で,90日後の2005年3月10日からは既存の契約にも 適用されることになっている。

この規則に関する草案は10月に発表され,インドのケーブルテレビ 市場に強い影響力を持つニューズ・コープ傘下のスターが「世界に例を 見ない規制。独占放送の価値を認めないと創造性やコンテンツが害される 恐れがある」と反発するなど,多くの放送事業者が反対を表明していたが, TRAIは「どの配信事業者に対しても提供を拒否してはならない」という 当初の方針を貫いた。

この規則が適用されると,放送事業者は特定のチャンネル配信事業者と, 他の配信事業者を排除する形の独占的なコンテンツ提供契約を結ぶことが できなくなる。またMSOは,放送事業者から提供されたチャンネルをどの ケーブルテレビ事業者にも平等に提供しなければならなくなる。

こうした規制が打ち出された背景には,2003年10月,インドのメディア 企業Zeeの系列会社がインド初のDTH衛星放送Dish TVを開始し,スターや ソニーにインド向けチャンネルの提供を求め,拒否されたことがある。 その結果,DTHの衛星放送は始まったものの,視聴者の間で非常に人気が高い スターやソニーのチャンネルは従来どおりケーブルテレビでしか視聴できず, ケーブルテレビが普及している都市部でのDish TVへの加入は極めて限られた ものになってしまった。

こうした状況に対しTRAIは,新たなプラットフォームであるDTH衛星 放送の普及を図り,DTHとケーブルテレビ,あるいはDTHプラットフォーム間の, コンテンツ(チャンネル)の違いによる競争ではなく,料金やサービスの 質をめぐる競争を促すことで,消費者にとってより望ましいテレビ視聴環境を 整備すべきとの立場から,コンテンツ(チャンネル)の独占を禁止する規則の 導入に踏み切った。

かねてスターやソニーにチャンネルの提供を求めてきたZee側は,TRAIの 決定を歓迎しているが,「マストプロバイド条項」に反対してきた放送事業者は パニック状態だと言われている。特にスターは,インドの名門財閥タタと 組んでDTHプラットフォームSpace TVを自ら立ち上げ,自局の人気チャンネルを 独占的に配信することを計画していたため事態を深刻に受け止めている。

特定のチャンネル配信事業者にコンテンツ(チャンネル)を独占的に提供 することを禁じる,世界に例を見ないとも言われる「マストプロバイド条項」 の導入が,今後インドの放送業界にどのような波紋を描いていくのか, その成り行きが注目される。

塙 和磨