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「訂正放送は放送局の自律的な義務」 最高裁が初の判断

放送によって権利を侵害された人が,放送局に訂正放送を求めることができるかどうかが争われていた民事訴訟で,最高裁判所は11月25日,民事訴訟による訂正放送の請求はできないという初めての判断を示した。

この訴訟は,離婚をめぐるNHKの放送で,夫の一方的な言い分だけが放送され名誉を傷つけられたとして,埼玉県の女性(58歳)が訂正放送と損害賠償を求めていたもの。 NHKは96年6月,総合テレビの番組『生活ほっとモーニング』で「妻からの離縁状・突然の別れに戸惑う夫たち」とのテーマで夫婦の離婚問題を放送した。この番組のなかで「結婚21年目に妻から突然離婚してほしいといわれた。離婚から4年を経過しても妻がなぜ突然離婚を要求したのか分からず,戸惑っている」という男性の話が紹介された。これに対して,この男性の前の妻である女性が,自分には取材せずに前の夫の言い分だけが一方的に取り上げられ,事実と異なる放送によって精神的苦痛を受けたとして,NHKに訂正放送と損害賠償を求めて民事訴訟を起こした

1審の東京地裁は98年11月にこの女性の請求を棄却したが,2審の東京高裁は01年7月,夫の側に家庭を顧みない部分があったにもかかわらず一方的な言い分を放送し,女性が自己中心的であるかのような印象を与えたとして,NHKに訂正放送を命じ,名誉棄損とプライバシー侵害を認めて130万円を支払うように命じていた。 最高裁第1小法廷(才口千晴裁判長)は,NHKに訂正放送を命じた東京高裁の判決を破棄し,放送法の訂正放送規定は放送局が自律的に訂正放送を行う義務を定めたもので,真実でない放送によって権利を侵害された場合であっても侵害された本人には訂正放送を求める権利はないとの判決を言い渡した。

訂正放送については放送法第4条に,権利の侵害を受けた本人あるいは直接の関係者から3か月以内に請求があった場合には,放送事業者は放送した事項が真実かどうかを遅滞なく調査し,真実でないことが判明したときには,2日以内に訂正か取り消しの放送をしなければならないと定められている。

最高裁第1小法廷は,放送法は表現の自由の下で放送の自律性を保障し,健全な発達を目指すものであるとし,番組への他からの関与を排除することで表現の自由を確保することが放送法の理念であるとした。そして,第4条の規定は法の全体的な枠組みと趣旨をふまえて解釈する必要があり,他からの関与を排除して表現の自由を保障する放送法の理念からして,訂正放送規定は放送局が自律的に訂正放送を行うことを義務づけたものであり,被害者が裁判で訂正放送を求める権利を認めてはいないと判断した。

東京高裁判決が放送による名誉棄損とプライバシーの侵害を認めて原告の女性に130万円の支払いを命じた部分についてはNHKの敗訴が確定した。 この判決を受けてNHKは,26日の『生活ほっとモーニング』の時間に自主的に訂正放送を行った。訂正放送は,当時の夫の言い分を否定するかたちで女性の言い分を放送し,夫側からだけの取材による放送内容であったことを認めて謝罪した。

奥田良胤