ことばウラ・オモテ

よく聞くまちがい

ことばのまちがいというのは、よく見聞きするものですが、右から左へ忘れてしまったり、気にとめなかったりして見過ごすことが多いものです。

気になったものを考えると共通するまちがいというものも見受けられます。
単なる言いまちがいもあり、ネット上では糸井重里さんが「言いまつがい」というサイトを主催しています。

言いまちがいというのは「ささがきごぼう」を「けさがけごぼう」と言ったり、「チョッキのポケット」を「ポッキのチョケット」と言ったりするものです。今回はもう少し根が深い「覚えまちがい」や「類推の誤り」で出来た言葉について考えてみましょう。

たとえば、「おざなり」と「なおざり」。
使っている4つの音は同じですが順番が違います。これを間違って使うと大変です。
「おざなりな答え」か「なおざりな答え」か、と考えると混乱する人もいるかもしれません。

この場合は「おざなり」が正しくて、「なおざり」はほとんど使われません。
「おざなり」は「座」つまり、その場、当座という意味で、その場しのぎのという意味です。これに対して「なおざり」は漢字をあてると、「等閑(とうかん)」と書くことがあります。あまり注意を払わない、いい加減なという意味ですから「答え」には適さないわけです。

「決まりをなおざりにして引き起こしたミス」とか「対策がなおざりにされる」というように使います。

このほか、少し言葉が足りないためにおかしくなる例もあります。
「彼は、もはや押しも押されぬ大物になった」という言葉を聞いたことがあります。
これは、正しくは「押しも押されもしない大物になった」と言うべきです。
「ぬ」という否定の言葉と「しない」という否定の言葉が同じように思えて間違えたのかもしれません。
正しくは「押しも押されも」という状態が「しない」と打ち消されるのであって、「押しても押しきれない」という意味ではないのでまちがいとされます。

こういう否定を含む言葉は間違えやすいもののようです。
「引くに引けない状態」を「引くに引かれない状態」、あるいは、「死ぬに死ねない」を「死ぬに死なれない」と言ったりするのも言葉の弾みでしょうか。

先日、おかしいなと思った表現に「情報漏洩を守る」というのがありました。
聞き流せば、問題にならないかもしれませんが、これでは「情報が漏れていくのを守って、外部に流出したままの状態にしておく」ということになります。
「情報漏洩を防ぐ」と言うか「機密を守る」と言うべきでしょう。
「守る」と「防ぐ」はほぼおなじみで使われることが多いのですが、「守る」のは犯そうとするものを食い止めることで「防ぐ」はさえぎるとか、入らせないようにすることですから、似ていますが、間違えないように使いたいものです。

相手の言葉が核心を突いていたときに「的を得た発言だ」というのを聞いたことがあります。
「的(まと)」というのは弓を射るときに目標にするマトですから、これを得るか得ないかはおかしいのです。的は矢で射るものですから「的を射た発言」と言うか「当を得た発言」と言うべきでしょう。このように似た成句やことわざを混ぜてしまうまちがいを混交表現と言います。

評判が良い「好評さくさく」を悪い方に使って「不評さくさく」と言ったり「舞台裏の交渉」を「裏舞台の交渉」と言ったりするのも混交表現の一種です。

体の場所を間違えた表現も多く見られます。

首も頭もあまり違わないから「頭をかしげて不審そうな表情をした」も良いだろうとはいきません。「首をかしげる」で不審そうにするという意味で使われます。

こういう言い方は一つの型のようなもので、型を外れると間違った表現あるいはだじゃれに聞こえてしまいます。
ほかにも、間違った言い方を先に挙げますと「腹が煮えくりかえる」とか「口先三寸」「胸先三寸」「肝に据えかねる」「鼻にも掛けない」「へそを抱えて笑う」などたくさんあります。

さて正解は、腹が煮えくりかえるのではなくて、これは「はらわたが煮えくりかえる」で、怒ってとても腹を立てている様子です。
「口先三寸、胸先三寸」は同じ三寸が使われていますが、三寸というのは9センチほどと言わないと若い人には通じないかもしれません。ほんのちょっとという意味です。

正しくは口先ではなく「舌先」で「口先」は「口先でごまかす」「口先だけのこと」で、舌先三寸というのは舌の長さのことを言うようです。
「肝に据えかねる」は「腹に据えかねる」を誤ったものです。似たものとしては決心を固めるという意味で使われる「腹をくくる」を「肝をくくって」と言う人がいました。
「鼻にも掛けないというのは、まったく気にとめないという「鼻も引っかけない」を言い間違えたようです。 「鼻に掛ける」は自慢するとか、得意がるという意味です。「鼻も引っかけない」はまったく相手にしない、ですからまったく違う意味になります。
「へそをかかえて笑う」は「へそでお茶を沸かす」でおかしくてたまらない様子を表しますので、「わらう」とは縁が深いのですが「腹を抱えて笑う」「抱腹絶倒」と言う四字熟語もありますので混同したのでしょう。 おかしくてたまらないときには「へそが宿替えをする」とか「へそがくねる」などとも言うようですが、これは私は使ったことがありません。

これらのことばは、ふだんあまり使わないで、ひょいと使うと間違うことがあります。言葉の元となった意味をよく考えて見るということ、それから、うろ覚えではなく、国語辞典をひいて、「見る」のではなく「読んで」みると、何十年も日本語を使っていても、まさに目から鱗が落ちる思いをすることがあります。

ただし、いくら正しい意味で使っていても、受け取る側が誤解してしまうこともあるので注意が必要なこともあります。
たとえば、「やおら」ということばです。

「やおら立ち上がる」などとつかうあの「やおら」です。 これは多くの人が「急に」という意味で使っていますが、本来は「ゆっくりと」という逆の様子を表す言葉です。

平成十八年度の文化庁の国語に関する世論調査では、正しい意味の「ゆっくりと」よりも「急に」と答えた人のほうがやや多くなっていますので、正しく伝わる率は半々と考えたほうがよいでしょう。

言葉は変わっていきますが、その中で、正しいものはなるべく長く伝えていきたいものです。

(メディア研究部・放送用語 柴田 実)