ことばウラ・オモテ

ヤマかサンか

日本の地名には、自然の地形を示す漢字を取り入れたものが多く見られます。
川はほとんどが「○○川」となるのが一般的です。池や沼、湖も同様で、地名を読むにしてもあまり迷うことはあまりありません。

ところが、山の場合は、「○○山」「○○岳」「○○嶽」などさまざまな表し方があります。
「○○山」も「○○ヤマ」であったり「○○サン」「○○ザン」であったりします(ほかに「セン・ゼン」の読みもあります)。「岳」も「ダケ・ガク」どちらか迷うことがあります。

相撲のしこ名も「サン」「ザン」両方あります。
やはり山は「山容」ということばがあるように、山の姿、形、存在感、生活との結びつきなどで呼び方が変わるのかもしれません。

手もとにあるNHKアナウンス室と放送文化研究所の合同編集の『全国市町村名の読み方』には、のべ302の「○○山」が載っていますが、「ヤマ」と読むものが130、「サン」が100、「ザン」が59、「セン」は6、「ゼン」は7となっています。読みの分布に地域的な違いはあまりないように見られます。

「ヤマ」がやや多い結果ですが「サン・ザン」を同様と考えるなら「○○サン」が優勢となります。

「○○ヤマ」と耳で聞くと何となく小さめのなだらかな姿を思い浮かべますし、「○○ザン」は大きくて険しい感じを受けます。

昔話に出てくる山は「かちかちヤマ」「花の木ヤマ」など「ヤマ」が多いのはこういう語感から来るものが影響しているのではないでしょうか。

これに対して「ザン」は、この冬遭難事故が起きた島根の最高峰(1346m)の恐羅漢山(おそらかんざん)や、福岡県と佐賀県の境の雷山(らいざん)、徳島市の眉山(びざん)(長崎県島原は同じ漢字でマユヤマ)、青森県の恐山(おそれざん)など、難しい漢字やいかめしい漢字が使われているものが少なくありません。

変わった読みをする山もあります。栃木県の日光の原生林を抱く皇海山は「スカイザン」、下関市の狗留孫山は「クルソンザン」、徳島県三好市三野町と香川県境の山の高越山は「コウツザン」、北アルプスの大天井岳は「ダイテンジョウダケ」と放送では読みます。

大天井岳はアルピニストの古い人なら「何がダイテンジョウだよ。あれはオテンショと読むんだよ」と教えてくれるかもしれません。

同じ漢字でも「天保山」が2か所にあります。大阪市と鹿児島市です。共通しているのは、いずれも海に近く,標高が低く、鹿児島市の場合は「山」がないということでしょうか。大阪市は「テンポウザン」で鹿児島市は「テンポザン」です。鹿児島市の天保山は薩英戦争の歴史に出てきますし。大阪市の天保山は「日本一低い山」(4.52m)で有名です。一度は地図から消えた山ですが、実際に行ってみると「テンポウザン」というりっぱな名前から受けるイメージとの落差に驚きます。

名前で小さく見えるのは大分県中津市と日田市との境にある「一尺八寸山」です。尺貫法をメートル法に直すと、矩(かね)尺では54センチ、鯨尺では68センチで天保山よりも小さくなりますが,実際は700mの姿も美しいりっぱな山です。

さて、この山の名前、「イッシャクハッスンザン」ではなく「ミオウヤマ」と読みます。
その昔、大きなイノシシが3頭とれ、その3頭の尾を合わせると1尺8寸あったからだという伝説があります。

なぜこの山が放送にかかわるかというと、この山頂付近にはテレビの送信アンテナがあり、放送関係者にはよく知られているからだという落ちが付きます。

(メディア研究部・放送用語 柴田 実)