ことばウラ・オモテ

はがきの呼び方

時代が変わると、ことばも変わると言われていますが、現代ほど長期間にわたって変化が激しく続く時代はこれまで経験したことがないかもしれません。

明治維新や戦後の復興期もかなりの年月を費やして日本文化が脱皮をした時期だと言えるでしょう。

この2回の改革期は、一つの方向への変化でしたから仕組みは単純だと考えられます。

現代は、世界的なアメリカ文化の波と、日本固有の文化のせめぎ合いと見えますが、よく見ると日本文化の変質も同時に進み、片方では国際的な発信への要求も高まっています。そのほか、各国文化の流入もやむことはなく、一つの視点で見るわけにはいかなくなっています。

ことばも、「外来語の急激な流入」について、「もはや止めようがない」と言う人さえいます。
このような流れの中で、新しい物事はどんどん生まれ、ことばが足りなくなる様相をかいま見ることがあります。組織の変更で、新しい形に生まれ変わった会社や、官庁はその波をもろにかぶっています。

会社で「○○ホールディングス」「○○HD」という名前を持つ持株会社はカタカナやアルファベットの名前にすることで新しさや、これまでと違うという存在感を示しているのでしょう。

私たちが身近で世話になっている郵便事業もそうです。

これまでの郵政省から「総務省・日本郵政公社・日本郵政株式会社・日本郵政グループ」と変わってきて、だんだんわかりにくくなっているのが現状です。民営化ということで「官庁」から「会社」に変わり、「官」から「民」へと移行してきました。

ふだん使っている「郵便はがき」があります。50円で全国どこへでも差し出せますが、この「第2種郵便」の呼び方が問題です。以前は「官製はがき」ということで一般に通用していました。「官」ではなくなったので「官製」は使えません。おまけに「第2種郵便」にはサイズや色について多少の違いが認められています。「官製はがき」に対しての「私製はがき」があったゆえんです。

すべて「民」になったので、日本郵政が作っているはがきはどうするのか、という議論がありました。「公社はがき」という提案もあったのですが、あっというまに「公社」がなくなり、振り出しに戻ってしまいました。

懸賞募集などに使う場合は、主催者側としては、くじ引きの公平さを保つために、同じサイズのはがきであってほしいわけです。応募を呼びかけるときに「応募は官製はがきで」と言えないだけに、担当者のなやみが続いています。

実物を見れば、誰もがわかるものであって名前がなくなる、という事態が生まれています。

同じ郵便局の扱う商品でも「株式会社ゆうちょ銀行」の「貯金」があります。これは郵政省時代から「官は貯金、民は預金」というように区別されてきました。

はがきと違って「官」ということばがないためかそのまま引き継がれたようですが、よく考えると「民」の中の格差がことばに残るということにつながるかもしれません。

国鉄からJRに変わったときにも路線の呼び方がどうなるかという問題がありましたが、多くはそのまま引き継がれたようです。ほとんど同じ場所に駅がある場合は「民鉄」は自社の名前を付けて駅名にしたために「小田急多摩センター」「近鉄奈良」などの駅が生まれています。

ことばでものを区別するというのは基本的な考えですが、誰もに関係する物事を新しいことばで表現しようとすると、説明的に長くなったり、かえって難しい言い方になったりとなかなかうまくいきません。新しいことばを生むには、知恵と時間と手間がかかるものなので、流行語を作る苦労とはまた別の難行苦行が待ち受けているのでしょう。

放送もその仕事の一部を受け持っているとするなら、この作業は放送の知られざる仕事の一部になるかもしれません。

(メディア研究部・放送用語 柴田 実)