ことばウラ・オモテ

住民と市民

『NHKことばのハンドブック』は第2版になり、増刷の知らせが届き、多くの方々に知られて、利用されていることを感じました。

NHKでは、ことばの書き方(表記)については『新用字用語辞典(第3版)』、ことばの使い分けや、外来語、助数詞などについては『ことばのハンドブック』と役割分担をさせています。

使い分けについては、意味や用法による違い、読み方の使い分けを記載しています。
放送という「耳で聞くことば」だけに、細かい注意をしている部分があります。

たとえば、「住民運動・市民運動」という項目があります。

ここでは、「厳密に区別はつけにくいが、次のようなニュアンスの違いを考慮して、適宜使い分ける。

住民運動…特定の地域の住民が、地域的利害に関して行う運動。

市民運動…特定の地域を超えた運動。政治的要求を掲げる場合が多い。

なお、「住民運動」「市民運動」を使わずに「~を求める運動」

「~に反対する運動」などと運動の内容を具体的に表現したほうがよいこともある。」と、説明しています。

昭和後期に各地で住民運動などが盛んになったころの放送用語委員会の審議を反映したものです。

しかし、ここでいう「住民」「市民」ということばは普段の生活ではあまり使わないのではないでしょうか?

自分の権利を主張するときや、少し硬い文章を書くときに登場することばかもしれません。「私の市民としての権利は・・・」「住民こぞって参加していただきたい」などです。

日常会話では、隣に住んでいる人は「お隣さん」「近所の人(たち)」と言います。
「近隣の住民」などという言い方はしないのですが、最近注意して自分のまわりの会話を聞いていると、時々、「隣の住民が、うるさいって文句を言ってきた」という表現を聞くようになりました。

市町村の広報をみると、「住民・市民・区民・都民」などのオンパレードです。

これらのことばはいわゆる「行政用語」で、専門用語の一つでした。ほかに言いかえにくいことばであることや、身近に接する広報紙などで目につく機会が多いという教育効果で一般に広がっていったのでしょう。

現代社会ではこのように気づかないうちに「専門用語」を自分のことばとして取り入れている例が増えています。

専門用語はそれなりに専門家が使う「しっかりしたことば」だけに、少々わかりにくくてもついつい使ってしまうのかもしれません。パソコン用語などは、言いかえを考えている間に急速に広まってしまった例です。専門用語のせき止めは自分で考えて行うしか方法がないようですから、ことばに対する責任も一人一人の市民にゆだねられているとも言えそうです。

「市」以外に住んでいる人は「町・村・区・都・府・県・道民」という自称と「市民(公民)」としての使い分けを自然にしていると思われます。

しかし平成の大合併で、「町民・村民」から「市民」になった人も多い現在、「○○市に住んでいる人」という意味の「市民」と「公民」としての「市民」が、混同されないか心配になります。

ある程度はっきりしていた意味の区分けが、似たような概念を持っているために崩れていかなければいいと思う一方、「隣の人・ご近所さん・近くの人たち」という柔らかなもの言いが減ることで「近隣住民関係の悪化」が起きなければいいと思います。

(メディア研究部・放送用語 柴田 実)