最近気になる放送用語

足りない? 足らない?

「足りない」と「足らない」とでは、何か違いはあるのでしょうか。

現代の共通語としては「足りない」のほうが多く使われていますが、「足らない」も間違いではありません。大ざっぱには、「足りない」は現代語的、「足らない」は古語的であると言えそうです。

解説

「足りない」は「足りる」という動詞(上一段活用)を否定形にしたもので、「足らない」は「足る」という動詞(五段活用)を否定形にしたものです。

  • 足りる:足りない、足ります、足りる…
  • 足る :足らない、足ります、足る…

歴史的に見ると、「足る」は万葉集にも現れるくらいの伝統的なことばで、いっぽう「足りる」は江戸時代以降になって使われるようになったことばです。現代では「足る」は「信用するに足る情報」などのように、やや古風で硬い言い回しの場合に使われることがほとんどで、話しことばとしてはあまり使われません。「千円あれば十分足るよ」というふうに言う地域もありますが、全国的な言い方ではありません。

つまり、あくまで理屈のうえから考えると、現代語としてよく使われているのは「足りる」なのだから、その否定形である「足りない」がふさわしいことばなのではないか、ということになります。

しかし、ことばは必ずしも一筋縄ではいかないもので、肯定形の「足る」はあまり使われなくても、否定形の「足らない」のほうは比較的よく使われています。

まとめると、おすすめするのは「足りない」だが、「足らない」も可、ということになります。

なお、「舌足らず、寸足らず」や「1時間足らずで仕上げた」などのように否定の「~ず」が接続する場合には、「~足らず」のみで「足りず」という言い方はありません。これは否定の「ず」が古語的だから、新しい動詞の「足りる」ではなく古いほうの「足る」が使われるのです。

(メディア研究部・放送用語 塩田雄大)