放送現場の疑問・視聴者の疑問

火ぶたを切って落とす?

参議院議員選挙の公示日の番組で、「投票日に向けて選挙戦の火ぶたが切って落とされました」という言い方を耳にしました。このことばの使い方は、間違っているのではないでしょうか。

正しくは「~の火ぶたが切られました」です。「落とす」は不要です。ご指摘の誤用例「火ぶたを切って落とす」は、「幕を切って落とす」との混用とみられます。

解説

「火蓋(ひぶた)」は、「(昔の鉄砲の)火縄銃の火皿の火口をおおうふた」のことで、「火ぶたを切る」の本来の意味は「火縄銃の火蓋を開いて点火の用意をする。また、発砲する」(『日本国語大辞典』小学館)ことです。これが転じて「物事に着手する。行動を開始する。競技や戦いを始める」という意味で使われるようになりました。この「火ぶたを切る」という言い方が「火ぶたを切って落とす」「火ぶたが切って落とされた」というように誤って使われるようになったのは、類語の「幕を切って落とす」との混用からとみられます。この種の表現で「幕」を使う場合は「幕を切る」または「幕を切って落とす」ですが、「火ぶた」の場合は「切る」だけで「落とす」必要はありません。

この誤用例は、新聞社や放送局の『用字用語集』や『ことばのハンドブック』の多くが「誤りやすい慣用語句」の一つにあげており、×「戦いの火ぶたが切って落とされる」→○「戦いの火ぶたが切られる。戦いの幕が切って落とされる」などの言いかえ例を示しています。

ところで、「~を切る」という慣用語の一つに「口火を切る」ということばがありますが、この「口火」も火縄銃に関係があります。もともとは「火縄銃の火ぶたに点火するための火」のことで、ここから「物事を始めるきっかけをつくる」という意味の「口火を切る」が生まれました。

(『新用字用語辞典 第3版』P474、148参照)

(メディア研究部・放送用語 豊島 秀雄)