ことば・言葉・コトバ

おすそわけ

公開:2024年2月1日

ある会合で休憩時間にチョコレートをいただいた。下さった方いわく,「もうすぐバレンタインだから,おすそわけで持ってきた」とのこと。

この「おすそわけ」は,最近ひそかに気になっていることばのひとつだ。放送現場からも,ときどき問い合わせを受ける。中でもよく聞かれるのは,誰かからもらった物以外を渡す場合にも,このことばが使えるかどうかだ。はたして,今回の場合は? 私の耳と心は大きく反応した。

簡単ではあるが,江戸時代から現代までの,主な辞書類を見てみた。

江戸(『日葡辞書』(1603年)など)から平成以降(『三省堂国語辞典 第8版』(2022年)など)の最近の辞書まで,全体的に「ほかの人からもらった物など,利益の一部を人に分け与えること」という,「到来物」を分ける意味のものが多かった。

ただ,江戸から現代までの中間の時期,明治(『日本大辞書』(1892年)など)から昭和(『大辞典』(1935年)など)の辞書の中には,「余分を人に分け与えること」という語釈のものや,分けるのは必ずしも「到来物」とはかぎらないと考えてもよさそうな書き方の辞書も見られた。

今の日常生活でも,いただき物だけでなく,手作りの菓子やおかず,育てた野菜や果物,買い求めた品などの一部を誰かに分ける場合に使う人もいる。「到来物」を分けて贈る意味が伝統的なのかもしれないが,到来物も含め,広く自分の側の物,「所有物」の一部を分ける意味で使うことも,誤りとはいえないのかもしれない。「すそ(裾):端・一部」を分けるという,「(お)すそわけ」の,文字どおりの意味での用法とでも言おうか。

いただいたチョコレートは,お手製の物ではなかったが,到来物なのか,購入品なのか,その発言や前後の会話からは判断がつかず,とても気になった。「今の“おすそわけ”は,どの意味ですか? そのあたり,ちょっと詳しくお願いします!」と尋ねてみたくてうずうずしたが,残念ながら,実行に移すことかなわず。その新鮮な使用例を,心のメモに追記するだけにとどめたのだった。

ほかにも,用法の面で気になること,語の歴史について調べてみたいことなどがある。「おすそわけ」の世界には,チョコレートの味わいのように深いものがありそうだ。そのお話は,またいずれ。

メディア研究部・用語 本多 葵

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