「~のことを忘れない」? 「~を忘れない」?

公開:2020年4月1日

Q
あなたのことを、決して忘れません」「あなたを、決して忘れません」は、どちらがよい言い方なのでしょうか。
A
どちらがよいということではなく、両方とも普通に使われている言い方です。ただし、ほんの少し、ニュアンスの違いがあります。

<解説>

「~のこと」ということばの使い方は、実はなかなかやっかいなのです。前と後ろにどんなことばが来るのかによって、微妙な違いがあります。今回は、後ろに「忘れる」という動詞が来る場合について考えていきましょう。
「○○(のこと)を 忘れる」という言い方をするとき、「○○」の部分には、いろいろなことばが来ます。ここでは試しに、そのことばが指しているのが「生きもの以外」なのか、あるいは「生きもの」なのかという分け方をして、「傾向」(例外もたくさんあります)を考えてみます。

Ⅰ 「○○」が「生きもの以外」の場合

① 多くの場合、「〜のこと」を伴いにくい

「あの頃の生き方を あなたは忘れないで」

(松任谷由実「卒業写真」作詞:荒井由実)

「忘れないわ あなたの やさしい仕草 手のぬくもり

(アン・ルイス「グッドバイマイラブ」作詞:なかにし礼)

これは、「あの頃の生き方のこと・・・を」や「あなたの声のこと・・・ …」とは言いにくいですね。ただし、「~があるということを忘れる」というような意味を表す場合には、「~のこと」がやや伴いやすくなるようです(例「病気のことも忘れて」「仕事のことも忘れて」)。

② 一方、時間・時期に関わることばについては、「〜のこと」を伴う場合が多い

9年前のことを忘れない」
きょうのことは一生忘れない」

さきほどとは反対に、「~のこと」のない「9年前を忘れない」「きょうは一生忘れない」のような言い方はそれほど一般的ではないように思います。

Ⅱ 「○○」が「生きもの(特に人間を表すことば)」の場合
⇒「~のこと」がある場合とない場合とで、ニュアンスの違いがある

を忘れない 曲がりくねった道を行く」

(スピッツ「チェリー」作詞:草野正宗)

「眠れぬ夜を いくつも数えた おまえのことを 忘れはしなかった」

(甲斐バンド「安奈」作詞:甲斐よしひろ)

Ⅱの場合、「~のこと」のありなしによるニュアンスの違いの感じ方は、人によってさまざまでしょう。たとえば、「を忘れない」では、「君」そのもの(のみ)に着目しているのに対して、「君のことを忘れない」は、「君」および「君」にまつわることすべて(ふるまい・しぐさ・ことばづかい・声・やさしさ・思い出…)をひっくるめて全体的に表現しようとしている、といったような違いがありそうな気がするのですが、いかがでしょうか。

動詞「忘れる」は、人間の思考にかかわることばです。この点で共通する形容動詞「好きだ」についても、ここで説明した内容と同じような違いがあります。「君(のこと)が好きだ」は「~のこと」があってもなくてもOKですが、「〔卵の〕黄身(のこと)が好きだ」は、「~のこと」があると、なんだか気味が悪く感じませんか。

メディア研究部・放送用語 塩田雄大

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