「前倒し」と「後ろ倒し」

公開:2018年3月1日

Q
「前倒し」はよく耳にする表現だが、「後ろ倒し」は、放送のことばとしては、適切だろうか。
A
どちらも放送で使うことがありますが、いずれも、もともとは、政治家や官僚の業界用語として使われ始めたものです。放送では、安易に使わず、ほかの表現も探る努力も必要でしょう。

<解説>

「後ろ倒し」は、まだ一部の国語辞典にしか載っていませんが、新しい言葉も掲載するデジタル辞書の『スーパー大辞林』には「俗に先送りのこと。予定を遅らせて、計画を実施すること。・・・[一部で、前倒しの反対語としていわれるようになった]」とあります。アーカイブスで過去のNHKのニュースを見てみると、以下のような使用例がありました。

  • 「東京都の人口は、これまでの予測では4年後の2020年に減少に転じるとされていましたが、その後も人口の流入などが続くとみられることから、さらに5年、後ろ倒しとなり、2025年をピークに減少に転じることがわかりました。(2016年12月30日ニュース)
  • 「経団連はことしから大学生らの採用面接の解禁を8月に後ろ倒しにした今の指針の検証を行う方針・・・」(2015年9月8日ニュース)

いずれも、「見込み」や「予定」が先に延びる意味で使われています。

「後ろ倒し」は、2013年に安倍首相が就職活動の「後ろ倒し」に言及した際に、ことばの問題として注目され、メディアにおけることばの問題を話し合う新聞用語懇談会でも取り上げられました。「使っている」という社は少数でしたが、「『先送り』や『繰り下げ』だと少し違う感じ。『後ろ倒し』は分かりやすい」「辞書にほとんどないからといって正しくないとはいえない」などの意見が出された一方、「俗語的で使いにくい」「取材先の中央官庁でさんざん使われているが違和感が強く当面使わない」「あまり広げていくべきでない、注意する語」といった慎重な意見が大半を占めました。「先送り」や「繰り下げ」などの、ややマイナスイメージが付きまとうことばを避け、予定が延びたことをニュートラルに伝えられるという点で、政治家や官僚の業界用語としては便利なことばですが、放送のことばとしては、当面、慎重に扱うべきだと言えそうです。

なお、今ではよく使われている「前倒し」も、かつては問題視されていたことばでした。『岩波国語辞典』(第7版)では、「近い将来に実施する予定、または実施の考慮中だった事柄を、情勢の(急速な)動きに応じ、時期を早めて取り上げること。『繰り上げ』でも済むのに、一九七三年ごろに官庁俗語として現れたのが、広まった語」としています。また、官庁のことばに「倒す」がよく使われることについては、「決まったスケジュールを変えることに対する抵抗感が『倒し』ということばになって表れているのでは?」という指摘もあります。

登場してから半世紀近くが経ち、「前倒し」が今では違和感がなくなりつつあることを考えると、「後ろ倒し」も今後、なじんでいくのかもしれません。ただ、「前倒し」にしても「後ろ倒し」にしても、取材先が使っているからといってそのまま使うのでなく、放送で使うときには、ほかに相応しい表現がないかを考える努力も求められるでしょう。

メディア研究部・放送用語 滝島雅子

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