「逸話」?

公開:2015年7月1日

Q
「有名な『逸話』があります」という表現は、おかしいと言われました。
A
「逸話」ということばができたころには、このような使い方がされるとは想像していなかったかもしれません。しかし、いろいろな考え方があるでしょうが、この「有名な『逸話』」というような表現も、現代語としてはさほどおかしくないように思います。

<解説>

「逸話」の「逸」には、「もれてしまうこと・それてしまうこと」という意味があります。たとえば「(機会を)逸する、逸脱、散逸、逸聞、後逸」などはこの観点から「逸」が使われていて、「逸話」も「記録からもれてしまっている」というのがもともとの意味です。つまり、「語り継がれていなくて、ほとんど世間には知られていない話」が「逸話」なので、「有名な『逸話』」というのは、本来なりたちようがないはずのものなのです。

その一方で、「逸」には「いい・すぐれた」という意味もあります。「逸材、逸品、秀逸」などがその例です。このような意味で「逸話」を再解釈したのが、近年の「有名な『逸話』」のような用法なのだと思います。つまり、「逸話」を「いい話」という意味で使っているのです。

これは、「逸話」の当初の用法とは異なりますが、「逸」の意味から説明が可能なものとして、現代では認めてもよいのではないでしょうか。なお、話がやや()れますが、最近「矮小(わいしょう)化」〔=必要以上に小さく扱う〕ということばが「歪曲(わいきょく)する」〔=ゆがめる〕のような意味で使われてしまっていることがよく見られます。「矮」と「歪」は、「わい」という音は共通しているけれども意味が違うので、こちらはきちんと使い分けたほうがよいと思います。

「有名な『逸話』」のような言い方は、現実にかなり広く受け入れられています。ウェブ上でおこなったアンケートの結果を見ると、本来の用法に基づいた「『逸話』は『あまり有名ではない話』である」という解釈は、30代・40代では主流になっていますが、それ以外の29歳以下と50歳以上では、新しい用法である「『逸話』は『有名な話』である」のほうを正しいものと考える人のほうが多くなっています。

このコーナーは、ためになるいい話だなあという、新しい意味での「逸話」を書きたいと思っています。ですが油断すると、あまりに細かすぎてふつうは指摘されることのない、本来の意味での「逸話」に走ってしまいがちです。反省。

(NHK放送文化研究所ウェブアンケート、2009年9月~10月実施、563人回答)

メディア研究部・放送用語 塩田雄大

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