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調査あれこれ 2023年05月16日 (火)

G7広島でフリーハンドは得られるか?~岸田総理の内外政を考える~【研究員の視点】#478

NHK放送文化研究所 研究主幹 島田敏男

 岸田総理大臣は3月にインドからのウクライナ電撃訪問を果たし、4月の統一地方選挙と衆参統一補欠選挙を挟んでアフリカ4か国などを歴訪。そして帰国から中1日置いてソウルを訪れて日韓首脳会談を行い、韓国との関係改善を一歩前進させました。

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 この間の行動日程はハードなものでした。統一補欠選挙では自民党候補者の応援に駆け回り、和歌山市では爆発物を投げつけられる事件にも遭遇しましたが難を逃れました。補欠選は自民党が競り合いも制して4勝1敗。

 国会開会中で選挙もありましたが、やはり目立ったのは外交です。安倍内閣時代に5年近くにわたって外務大臣を務め、当時は首脳外交に力を注ぐ安倍総理の脇役に甘んじているようにも見えましたが、着実に勘所を身につけてきたようです。

 外務省幹部は「岸田さんは相手国首脳との想定問答をレクチャーすると、わずかな時間で中身の優先順位を的確に判断してくれる」と口をそろえます。外務省にとっては実にありがたい総理大臣だということでしょう。

 岸田総理が春先以降、特に外交日程に重きを置いてきたのは、5月19日から3日間のG7広島サミットを歴史に残るものにするための地ならしの意味もありました。広島は長崎と共に核兵器被爆地であり、議長を務める自分の選挙区でもあり、ぜひともここから力強い平和へのメッセージを世界に発したいという政治家としての思いが伝わってきます。

summitvenue_edited.jpg  G7サミット会場の宇品島(広島市)

 ロシアによるウクライナ侵攻によって、かつての東西冷戦の構図が改めて浮上し、第3次世界大戦の引き金になりかねないと危惧されているのが現在の国際情勢です。ロシアのプーチン大統領は、欧米がウクライナに武器供与などを続けるならば、核兵器の使用も辞さない構えをちらつかせてきました。

 そういう現実の下で行われるG7広島サミットを前に、5月のNHK月例電話世論調査は12日(金)から14日(日)にかけて行われました。

☆あなたは岸田内閣を支持しますか。それとも支持しませんか

 支持する  46%(対前月+4ポイント)
 支持しない  31%(対前月-4ポイント)

 「支持する」は今年1月に岸田内閣発足後最も低い33%まで落ちましたが、そこから4か月連続で上向いています。発足後最も高かった去年7月の59%には届いていないものの、一時期岸田離れを示していた自民党支持者が「支持する」に戻る傾向が支えになっています。

 春先以降の岸田総理の精力的な動きが支持率のアップにつながっている形ですが、とりわけ今回の調査では日韓関係の前進への期待感が目立ちました。

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☆岸田総理と韓国のユン・ソンニョル(尹錫悦)大統領は、3月に続いて今月も首脳会談を行い、関係改善を進めていく姿勢を示しました。あなたは、今後、日韓関係が改善に向かうと思いますか。それともそうは思いませんか

 改善に向かうと思う  53%
 改善に向かうとは思わない  32%

 5月7日にソウルで行われた日韓首脳会談で、ユン大統領が「過去の歴史問題が全て整理されない限り、未来の協力に一歩も踏み出せないという認識から脱却しなければならない」と発言。岸田総理は共同記者会見で「私自身、当時厳しい環境の下で多数の方々が大変苦しい、悲しい思いをされたことに心が痛む思いだ」と応じました。

 ユン大統領の未来志向の発言は、最近の歴代韓国大統領が語ったことのないもので、北東アジアの安定のためには韓国側が譲歩してでも日本との協力関係を再構築したいという強い意志の表れです。

 もちろん韓国国内には「屈辱外交だ」といった批判も渦巻いているので、この先、順調に両国の関係改善が進むかは不透明です。ただ、ある日本政府高官は「先行きを楽観してはいないけれども、ユン大統領の決断を受けてやれる時にやるしかない」と関係改善の加速に力を込めていました。

 そこで改めてG7広島サミットです。ウクライナ情勢と核兵器の問題が柱になると見られますが、今回の世論調査で悲観的な数字が出ているのが気になりました。

☆あなたはロシアの侵攻を止めさせるための実効性がある議論が期待できると思いますか。期待できないと思いますか

 期待できる  28%
 期待できない  65%

☆あなたはサミットでの議論を通じ、「核兵器のない世界」の実現に向けた国際的な機運が高まることを期待できると思いますか。期待できないと思いますか

 期待できる  28%
 期待できない  65%


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 偶然ですが2つの質問に対する回答の数字が同じで、広島サミットにかける岸田総理の熱い思いとは裏腹に、国民は厳しい見方を示しています。それだけ世界が抱える現在進行形の課題が困難なものだとも言えます。

 一気に難問の解決が進展することはないでしょうが、問題は3日間のG7広島サミットの議論と成果が世界でどういう評価を得るかです。G7の結束を図ることにとどまり、ロシアや中国などとの緊張感が増すだけではマイナス評価でしょう。

 G7サミットの期間中、広島にはG20の議長国インドをはじめ、韓国、インドネシア、ブラジル、オーストラリアなどの首脳も集まります。こうした国々はグローバルサウスと呼ばれる南半球を中心とした多数の発展途上国に影響力を持っています。

 世界が混迷を深めている時期だけに、地球規模のメッセージ、普遍的な平和と繁栄のメッセージを発信できるかが評価を左右します。

 自民党の一部には「G7広島サミットで内閣支持率はさらに上向くだろうから、6月後半の通常国会最終盤には衆議院の解散・総選挙に打って出るべきだ」という声があります。ただ、先ほど見たように国民のサミットの成果に対する期待感は決して大きくありませんので楽観はできないでしょう。

 また、衆議院議員の4年間の任期の折り返しは今年10月なので、その前は早すぎるという見方もあります。

 いずれにしても内閣支持率が上向いてきたことで、岸田総理が衆議院の解散・総選挙の時期を判断しやすい状況、つまりフリーハンドを手にしつつあることは確かです。

 広島サミットの評価が岸田総理の「最新の民意を問う」ための決断に直結するのか、それとも一呼吸置く状況になるのか。当面の注目点です。

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島田敏男
1981年NHKに入局。政治部記者として中曽根総理番を手始めに政治取材に入り、法務省、外務省、防衛省、与野党などを担当する。
小渕内閣当時に首相官邸キャップを務め、政治部デスクを経て解説委員。
2006年より12年間にわたって「日曜討論」キャスターを担当。
2020年7月から放送文化研究所・研究主幹に。長年の政治取材をベースにした記事を執筆。