文研ブログ

調査あれこれ 2022年10月12日 (水)

#425 深まる岸田総理の憂鬱 ~内憂外患の秋から冬へ~

放送文化研究所 研究主幹 島田敏男

 9月30日、プーチン大統領がウクライナ東部・南部4州のロシアへの併合を一方的に宣言しました。2月24日にウクライナ侵攻を開始して以降、「力による現状変更」の最も露骨な姿を世界中の人たちに見せつけました。

 ウクライナを支援する日本などG7の国々、NATO(北大西洋条約機構)加盟の国々は、ロシアのあくなき領土拡張の行動を国際法違反だと批判し、制裁措置や武器援助を追加したりしています。

 しかしプーチン大統領は「国際秩序を破壊しているのはアメリカとそれに追従する国々で、我々はロシア人が暮らす地域を奪還したに過ぎない」と繰り返し、非難と攻撃の応酬が続くばかりです。

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 先日、ロシアの駐日大使、ミハイル・ガルージン氏の話を聞く機会がありましたが、2014年のクリミア併合はそこで暮らすロシア系住民を守るために行ったことだの一点張り。その後の東部・南部での停戦合意の話し合いを無にしたのは、ウクライナとアメリカなどNATO側だと強調するのみです。

 7月にはウクライナの駐日大使、コルスンスキー・セルギー氏の話も聞きました。セルギー大使は「ウクライナの真の独立は、旧ソビエト連邦から解き放たれた1991年当時の国の姿に戻ることだ」と強調していました。ロシアがクリミア併合に踏み切る以前の姿が本来のウクライナだということです。

 この両者の話を聞くと、大陸国家の抱える歴史的な困難さを突き付けられた思いがします。民族や宗教が異なる人々が、それぞれ背にしている違いを抱えながら平和な暮らしを営むことがいかに難しいか。島国日本の国民にとっては、目をこらして見ないと分かりにくい現実が存在しています。

 そうは言っても、プーチン大統領のやっていることは領土拡張を目指す覇権主義の表われ、専制主義的行動に他なりません。そこには「自由を尊重する」という気配が伺えないからです。黙認するわけにはいきません。

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 さて、こうした厳しい国際情勢が長期化の様相を見せる中で、日本国内では夏以降、岸田内閣の支持率に陰りが見え、政権を取り巻く環境が厳しさを増しています。

 10月8日から10日にかけて行われたNHK月例電話世論調査にも、それが如実に表れています。

☆あなたは岸田内閣を支持しますか。それとも支持しませんか。

 支持する  38%(対前月 -2ポイント)
 支持しない  43%(対前月 +3ポイント)
 わからない、無回答  20%(対前月 ±0ポイント)

岸田内閣の支持率は、発足直後の去年10月に49%でスタートし、衆議院選挙、参議院選挙での勝利を経て、7月には59%にまで上向きました。

しかし、8月、9月とじりじり下がり始め、10月は上記のように【支持する38%<支持しない43%】で初めて不支持が支持を上回りました。

☆岸田内閣の発足から1年がたちました。あなたは、この1年間の岸田内閣の実績を評価しますか。

評価する 38% < 評価しない 56%

岸田内閣の挙げた成果といえるものがなかなか見えてこない、ふわふわしているという国民の受け止めが少なくないことを物語っている数字に見えます。

 安倍元総理が健在だった7月8日より前までは、総理OBとなった安倍氏が展開する安全保障などでの保守的、あるいはタカ派的な政策提言を浮揚力として利用し、そこに「ちょっと待った」と言いながら国民に慎重さをアピールする面がありました。

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 しかしそれは成果・実績とは別のもので、向かい風を利用して空に舞う凧の姿にも似たものだったでしょう。それが安倍氏の死によって浮揚力を失い、失速の憂き目にあっているようにも見えます。

 改めて8月以降の内閣支持率の低下の理由を考えますと、大きく2つのことが密接に絡まった結果とする指摘は否定できないでしょう。

 1つ目は凶弾に倒れた安倍元総理を国葬で追悼したことです。そこには評価が割れている政治家の追悼を全額国費で行った、実施の根拠が曖昧なまま国会の議論を経ずに決められた、などの不満がまとわりついています。

 2つ目は旧統一教会と自民党の関係について疑問が残り続けている点です。安倍氏の命を奪った容疑者の供述がきっかけになり、霊感商法などが社会問題化してきた旧統一教会との関係が浮かび上がったにも関わらず、自民党が議員本人からの申告に基づく「点検」にとどめたことに対し、中途半端さ、曖昧さを感じる国民が多いということです。

 自らの政権運営の浮揚力となってくれていた安倍元総理との関連などで足元が揺らぐ現状。岸田総理にとって憂鬱な気分が深まる秋になっています。

 そして季節は秋から冬へと向かいます。岸田総理は状況を打開しようと、ウクライナ情勢を背景に冬場に懸念される電気料金などの上昇への備えに急ぎ足で取り組み始めました。

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 目指すのは家計や企業を直接支援する制度の創設で、岸田総理は「電力会社への補助金ではなく、全て国民の負担軽減に充てることを明確に示す仕組みにしなければならない」と強調しています。

 この冬のエネルギー対策は世界規模の問題です。エネルギー危機の発端となったロシアのウクライナ侵攻は2月下旬、北半球が冬から春へと向かう中で始まりました。従って今度の冬に初めて問題の深刻さに真正面から向き合うことになります。

 資源大国ロシアは、石油や天然ガスを戦略物資と位置付けて強気の姿勢を変えないでしょう。その時、エネルギーをロシアに依存してきたドイツなど、ウクライナを支援するヨーロッパの国々に揺らぎが生じはしないか。気になるところです。

 内憂外患。昔から「難しい問題はまとめてやってくる」と言います。一方で世界史的な難問への対処、一方で国民の信頼をつなぎとめるための努力。
秋から冬にかけて、岸田総理の発言や判断に、耳をすまし目をこらして向き合う必要がありそうです。