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調査あれこれ 2022年04月26日 (火)

#393 地域の存続をともに考える~NHK山形「Yamaga-TanQ」~

メディア研究部(番組研究) 宮下 牧恵

 今、日本全国に、人口減少が進み、将来の存続が危ぶまれている地域があります。こうした地域をどうすれば存続させられるのか?すぐに答えが出ない難しい課題に、地域放送局が正面から向き合い、地域の人たちとともに課題解決に向けて踏み出そうと挑んだ番組を取材しました。
 NHK山形放送局が、金曜夜の県内向け番組「やまコレ」の特別版として放送した「Yamaga-TanQ」(ヤマガタンキュー)という番組があります。地域の人たちとともに、地域の課題解決のアイデアを探究するというコンセプトです。2020年12月の第一回の放送では、探究学習を行う山形県内の高校生と、地域のキーパーソンを引き合わせ、多様性のある社会をつくるための取り組みを考えました。今回詳しくご紹介するのは、その第二回、「やまコレスペシャル Yamaga-TanQ~飛島を未来へつなげ!~」(2021年11月26日 午後7時57分~8時42分、総合テレビで山形県向けに放送)です。

 山形県酒田市には、飛島と呼ばれる山形県唯一の有人離島があります。かつては漁業と観光で発展しましたが、現在の人口は175人、高齢化率は80%と、山形県の中でも深刻な数字になっています。特にこの10年は、毎年平均7人のペースで人口が減っており、もしこのままのペースで減り続けた場合、20年後には住人がほとんどいなくなるということになります。地域の人々は、この状況を何とかしたいと切実な危機感を抱いています。

 入局4年目(当時)の山本康平ディレクターは、酒田市を取材している中で、飛島の過疎化の実情を知りました。そこで、飛島を存続させるため、若者の雇用を生み出そうと取り組む島の出身者や、島の未来を考える活動を行う団体の代表などに話を聞くところから取材を始めました。
 そして取材を進める中で、飛島の住民が主体となって自分たちの島を存続させるアイデアを出してもらい、それを後押しするような企画ができないかと考えました。しかし、実際に島を訪れてみて、それは難しいと悟りました。島は思った以上に高齢化が進行しており、若い人が少ないため、アイデアがあっても実行する人手が足りないことを知ったのです。そこで山本ディレクターは発想を変え、山形県内の、飛島以外に住む人たちの力を借りることを思いつきました。あえて島外の人たちに、飛島を20年後も存続させるためのアイデアを競うアイデアソンに参加してもらい、さらにそこで生まれたアイデアの実行にも関わってもらえれば、人手が足らない島でも何かできるかもしれない。こうして「Yamaga-TanQ~飛島を未来へつなげ!~」の企画が生まれました。

 番組は、地域に暮らす人と人をつなぐ「場」、山形県に住む人々とNHKが地域の未来を共に創る=共創する「場」になることを目指しました。山本ディレクターは、「放送は既に起きていることを取り上げているものだが、逆に放送をきっかけに何か新しい動きにつなげるということが出来ないか」と考えたといいます。
 アイデアソンの参加者を集める担当となったのは、ともに企画を提案した入局2年目(当時)の大橋茉歩ディレクターでした。ホームページでの募集に加え、大橋ディレクターはチラシを作って、かつて自分が取材した人や関心を持ってもらえそうな人に声をかけて回りました。その結果、飛島以外の山形県内に住む10代から40代までの男女11人が参加してくれることになりました。
 企業広告やアイドルのプロデュースを通して山形県の魅力を発信している男性、地域の活性化の役に立ちたいと手を挙げた酒田市の高校生、最上地域で地元の人々の暮らしを発信しているフリーペーパーのライター、環境問題解決を目指す大学生、地域おこし協力隊の隊員など、多彩な人たちが集まりました。
 
 番組の撮影初日は、参加者たちが飛島に足を運び、3時間かけて島内のツアーを行いました。アイデアのタネを持ち帰ってもらうため27枚撮りのフィルムカメラを渡し、気になったものを撮影してもらいました。島に住んでいる人や何度も訪れた人には目に留まらないような漁具や島の植物などの写真を撮影する人や、

島を訪れている人に声をかけ、質問する人も見られました。それぞれ思い思いに飛島の魅力はどこにあるかを探していきました。

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 さらに、参加者たちは島の自治会長から話を聞きました。かつては野菜やコメも自分たちで作っていたが、耕作放棄地の増加が目立つことに寂しさを感じ、若い人に島に来てほしいと望んでいること、そして「生まれ故郷はなくしたくない」という強い思いが、参加者の心に響きました。

miyashita3.png 撮影2日目は、酒田市内の公共施設で、アイデアソンを行いました。制限時間6時間で、飛島を20年後も存続させていくためのアイデアを3チームに分かれて考え、最も優れたアイデアを審査員が選ぶものです。審査員は、飛島の行政に関わる山形県庄内総合支庁連携支援室の室長や、酒田市のまちづくり推進課長、飛島出身で地域おこしのイベントなどを手がける会社の代表など、飛島の地域づくりに関わっている人たちが務めました。


miyashita4.pngのサムネイル画像  ところで、人口減少に悩む全国の地域では、これまでUターン、Iターンなど地域外からの移住促進に努めることで地域に住む「定住人口」を増やそうという取り組みが一般的でした。しかし、それは容易なことではありません。
 そこで最近注目されているのが、「関係人口」です。その地域に居住はしなくても、様々な形で地域と関わりを持ち、時には地域の行事などの担い手になってくれるような人たちを指します。いわば地域の応援団ともいえる「関係人口」を増やすことで、地域が元気になり、コミュニティの維持につながるのではと期待されています。

 今回のアイデアソンでも、どうすれば地域外の人たちとのつながりを作り「関係人口」を増やすことが出来るかという視点で議論が進められました。
 あるチームでは、「島民図鑑」を作り、島に暮らす人たちのプロフィールを掲載したらどうかと考えました。また別のチームからは、定期船の利用や海岸のごみ拾いでポイントが貯まる「とびしマイル」を作るというアイデアが出ました。
 どのアイデアも魅力的でしたが、最も審査員の評価を得たのは、もう一つのチームが考えた「心に余白が生まれる飛島」というアイデアです。せわしなく毎日を生きている人、心にモヤモヤを抱えている人などをターゲットに、島に来て心と頭をリセットしてもらおうというものです。のんびりと時間が流れる飛島で、波の少ないビーチを楽しんだり、遊休農地でみんなで野菜を作ったりしてもらい、デジタルデトックス(スマホやパソコンから離れることでストレスを軽減すること)のためのデバイス預かりサービスも行う。心に余白が生まれる体験を通して飛島の良さを知ってもらい、「関係人口」を増やしていけば、島の存続につながるはずと考えました。
 審査員からは「飛島では不便を楽しんで豊かに幸せに暮らしていることに気づかされた」という講評がありました。この「心に余白が生まれる飛島」というアイデアが、今後どう実現されていくのか、山形局では取材を続けていく予定です。

  視聴者からは、「飛島を考えることは、高齢化や人口減少に悩む山形全体の参考にもなり、良い企画だと思う。」「人口が175人にまで減ってしまった飛島の生活を守りたい!との思いで集まった11人が、それぞれの経験や知識を生かしながら”問題解決“していく姿が素晴らしい。単なる観光紹介や、税金からの援助を求めるような趣旨に留まらない内容が良かったと思います。」などの感想が寄せられました。

yamamoto2.png 放送から4か月以上経過しましたが、今のところまだアイデアを実現するための具体的な動きはありません。担当した山本ディレクターは「参加者たちは、それぞれ学業や仕事がある中で、実際にアイデアを実行に移していくのがなかなか難しい。しかし今回の番組を通して、飛島を存続させたいという人たちがつながって、それぞれ独自に飛島を存続させる活動に参加するなどの動きも出てきたことが収穫だった」と話します。 

 

 

oohashi2.pngまた、大橋ディレクターは、「今回のような大きな企画ではなく、普段の小さなリポートでも、地域の課題点やこれはどうしたらいいのだろうなと思っているものを拾い上げられるような企画や番組を今後も作っていければ山形放送局で働いている意味があると思う。」と言います。

 制作統括の白井健大チーフ・プロデューサーに、今後について尋ねたところ、「アイデアソンに参加して下さった方々とは引き続き関係を保ち、継続取材を行っていく道筋をつけていきたいと考えています。また、今後も飛島に限らず、なんらかの形で地域課題解決に結び付く企画を夕方6時台の『やままる』や金曜夜7時半からの『やまコレ』に展開していくことができればよいと考えています。」とのことでした。
 

 地域の存続という重い課題。今回の取り組みを一過性のものに終わらせるのではなく、地元の放送局にしかできない、息の長い取り組みが求められます。