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調査あれこれ 2022年04月19日 (火)

#392 自治体による災害時のラジオ活用をどう進めるか?

メディア研究部(メディア動向) 村上圭子

はじめに ~災害とラジオ~

 このところ全国各地で地震が続いています。先月16日には、福島沖を震源とする最大震度6強の地震が起きました。東日本大震災発生から11年を迎えた3月11日からわずか5日後のことでした。大震災の時と同じ地域で再び被害があったということも耳にします。一日も早い復旧を願っています。
 私の自宅のある東京は震度4でしたが、長時間の横揺れが続いたため、食器棚からお気に入りのティーポットが落下して割れてしまいました。それを機に、改めてテレビや棚類の転倒防止対策を再確認しました。いまは防災リュックをベッドの横に置いて寝ています。
 防災リュックにはラジオを2つ入れています。懐中電灯とセットになった手回し充電式と、携帯用の電池式のもので、替えの電池も10個入れています。皆さんはいかがですか?最近はラジオ端末を持っている人も減っていますし、以前は100円ショップで簡単に携帯ラジオを購入することができましたが、最近はあまり取扱われていないようです。家電量販店やネットショップ、もしくは防災グッズを専門に扱うお店では購入できると思いますので、もし防災リュックに入れていないという人は入手しておくことをお勧めします。
 なぜお勧めするかというと、よく言われていることですが、災害時に最も頼りになるメディアがラジオだからです。とはいえ、そう言われても、停電でテレビがつかなくなったり、災害情報のプッシュ通知やSNSで情報を入手できるスマートフォンが使えなくなったりする状況は、その場に身を置いた経験がない限り実感は湧きにくいと思います。私はこれまで被災地に取材に行くことが多かったので、停電で余震が続く中で眠れない夜を過ごしたり、同僚と連絡を取る手段がないまま目的地まで何キロもの道を徒歩で向かったりしたことがあります。あくまで被災した方々を取材するという立場で被災地の状況を経験したにすぎませんが、現場で痛感したのは、命を救うため、様々な行動を判断するため、不安な心を落ち着かせるため、パニックや混乱を防ぐため、信頼できる情報を得られるツールが身近にあることがいかに大事か、ということでした。
 改めてラジオの強みを確認しておきましょう。一番の強みはなんといっても停電に強いことです。2018年の北海道胆振東部地震では、道内全域で大規模な停電(ブラックアウト)が起きましたが、地震発生当日に最も利用されたメディアはラジオでした1)それから端末の持ち運びが出来て乾電池だけで動くこと。数日間であればつけっぱなしにしていても、スマートフォンのようにバッテリーの残量を気にする必要はありません。また言うまでもなく、放送は通信と異なり、錯綜することなく情報を届けることができること。もちろん東日本大震災のような激甚災害になると、放送を送り届けるラジオの送信所(中継局)そのものが大きな被害を受ける可能性もあるのですが、テレビの中継局とは構造が異なることもあり、東日本大震災の時にはテレビに比べて停波した局は少なかったです(図1)。

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 東日本大震災以降、国の進める国土強靭化計画のもと、災害情報を伝達する責務を担う自治体や放送事業者、通信事業者は、伝達手段の多様化やインフラの強化、停電対策を進めています。しかし、どんなに対策が進められたとしても、南海トラフ地震や首都直下地震などの激甚災害の場合には、やはり停電が長時間続き、通信も放送も途絶え、被災地が完全に孤立してしまうような最悪の事態を想定しておくことが賢明であると思います。

1.首都圏の市町村によるラジオ活用の道広がる

 前置きが長くなってしまいました。本ブログの本題は、災害時における自治体によるラジオ活用についてです。先月、総務省の「放送を巡る諸課題に関する検討会」が、「放送用周波数の活用方策に関する取りまとめ3)」を公表しました。あまり注目されていないようですが、災害時の情報伝達という観点から見るとこれまでにない画期的な方向性が示されていると感じたので取り上げておきたいと思います。
 今回の取りまとめで対象とされた放送用周波数は、2018年9月末まで放送大学学園4)の番組を放送していた地上テレビとFMラジオの帯域と、2020年3月末まで放送していた「新放送サービスi-dio」のV-Low帯域5)です。これらは国が放送用に割り当てている周波数であるため、今後、放送サービスとして活用したい事業者がいるかどうかの需要調査が行われました。その結果、V-Low帯域については、多くの民間AMラジオ事業者が2028年までにAMを停波してFM化を進めていることから、帯域の一部をFM放送用周波数として拡充する方針が示されました6)。また放送大学の地上テレビの"跡地"については、放送技術の高度化の実験・実証フィールドとして活用する方針が示されました。
 同時に、V-Low帯の一部と放送大学のFM放送の跡地については、自治体によるラジオ活用に道が開かれました。V-Low帯は、市町村が伝達手段として整備している防災行政無線(同報系)と連動させてFMで同じ情報を届ける「FM防災情報システム」への活用、FM放送跡地は、災害時に自治体が免許人となって開局できる「臨時災害放送局」専用帯域としての活用です。それぞれ詳細を見ていきましょう。

2.「FM防災情報システム」としての活用

 FM防災情報システムという存在、初耳の方がほとんどではないでしょうか。実は、今回の検討会の議論の中で新たに発案されたものだそうです。図2が取りまとめで示されたシステムのイメージです。防災行政無線の屋外拡声子局にFMの送信設備をつけ、防災行政無線の音声をFMで再送信するという仕掛けになっています。
 自治体の7割以上が、災害時にたまたまその地域を車で通過する人達や、車中で避難生活を送る人達に対する情報伝達に課題を感じているという調査結果を受け、車に装備されているカーラジオ等に防災行政無線と同じ内容を伝達することが出来るこのシステムが考案されたそうです。

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 防災行政無線についてはこれまで、豪雨等の時に聞き取りにくいということが繰り返し指摘されてきました。こうした中、国では、自宅等に設置する戸別受信機を自治体が住民に貸与することを積極的に財政支援してきました。しかし、専用端末であるために高額であること、持ち運びが不便なこと等がネックとなっており、普及には課題も少なくありませんでした。今回のシステムはFM波を使うことから汎用性のあるラジオ端末(カーラジオ等)が活用でき、戸別受信機ではカバーできない移動中の人達に向けた伝達も可能となります。特に、津波の到達が早い沿岸部の自治体や、氾濫の恐れのある河川を抱える自治体では、このシステムの導入を積極的に検討して欲しいと思います。

3.首都圏の「臨時災害放送局」専用周波数として活用

 災害時の自治体のラジオ活用として開かれたもう1つの道が臨時災害放送局(災害FM)です。災害時に自治体が免許人となり臨時のラジオ局を開設できるというこの制度は、阪神・淡路大震災の際に誕生し、東日本大震災で多くの市町村で開設され、認知が広がりました。その後も、熊本地震、西日本豪雨、北海道胆振東部地震等で多くの自治体が開設していて、私は現場を取材し続けてきました(図3)8)

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 なぜわざわざ自治体の情報伝達にラジオが必要なのか、先に触れた防災行政無線で十分ではないのか、と疑問を感じる方もいらっしゃると思いますので少し説明しておきます。防災行政無線は主に屋外に向けて、短い言葉で避難を呼びかけたり注意喚起をしたりすることを主とする伝達手段です。しかし、避難生活が長期化する場合には安否情報や救援情報、生活情報や各種行政情報等の情報を整理して伝え、地域内の住民たちで共有し、それらの情報が的確に更新されていくことが不可欠となります。つまり、大量の多様な情報を伝達していくことが必要であり、防災行政無線だけでは担いきれないのです。
 こうした状況に陥った際に活躍が期待されているのが、自治体を主なカバーエリアとする地域メディアであるケーブルテレビやコミュニティ放送局です。特にラジオメディアであるコミュニティ放送局は、災害対策への関心の高さから開局が年々増え続けています(図4)。大半の局が自治体と防災協定を結んでおり、いざという時にはタッグを組んで情報伝達する体制を構築しています。しかし制度上、平時から放送を行うコミュニティ放送局は自治体が免許人になれないため、民間事業者として地域内で広告スポンサーを確保し、日々の放送を維持していかなければなりません。災害対応、住民の安全確保という観点から見れば、どの地域にもくまなくコミュニティ放送局が整備されることが理想ではありますが、現状ではコミュニティ放送局の全国の自治体カバー率は5割には満たない状況に留まっています。

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 一方、災害FMはあくまで災害時にのみ限定して自治体が開設し運営する放送局です。開設するのも簡単で、機材や一定の条件が揃えば、総務省に電話1本することで放送を開始できます。そのため、コミュニティ放送局がない自治体では、災害FMに対する関心が高まっているのです。
 もちろん課題もあります。災害が発生してからの対応になるため、①自治体が開設を希望していても実際に周波数が空いていなければ開設できない、②周波数を事前に(平時から)住民に伝えておくことが出来ず、周知が発災後になるため認知されにくい、③ラジオ端末を持っている人が少なく、日頃からラジオを聞いたことがない人も少なくない、④機材の準備や運営のノウハウ、スキルを持った人の確保が必要、等です。特に首都圏エリアは他の地域に比べて①の課題が深刻でした。そもそも空いている周波数が少ないのです。
 こうした中、今回の検討会では、東京の4つの区が災害FM開設を要望するプレゼンを行いました10)。これらの自治体では、既にラジオを運営するための機材を購入していたり、実際に住民を巻き込んだ訓練を行ったりしています。検討会で行った調査では、首都圏エリアで開設を希望する自治体は現段階で14あるそうです。このため取りまとめでは、首都圏を放送エリアとしていた放送大学跡地のFM周波数を、災害FMの専用周波数としてあらかじめ確保しておくという方針が示されました。日常的に帯域を活用するのではなく災害の備えとして活用するという方針は、従来にはない画期的なものと感じました。

4.今後考えていくべきこと

 今後は示された方針を具体的に進めていくことになりますが、放送大学跡地のFM周波数は2つしかないため、希望する複数の自治体が時間を区切って共用する(○○区は9時~10時、××市は10時半~11時半等)という形を取ることになりそうです。つまり、各自治体の送信設備から放送波を出しては止め出しては止め、ということを繰り返していくことになるわけです。これまであまり例のない形で運営していくわけですから、調整役となる総務省や関東総合通信局の役割は重要です。また放送のプロではない自治体の人たちが、災害時の混乱の中で実施していかなければならないわけですから、相応の準備も必要となってくるでしょう。
 また検討会では、首都圏エリア以外でも、こうした災害FM用の専用帯域の確保や希望する自治体との調整、あらかじめ固定した周波数を住民に周知するといったことが出来ないのか、という意見があがっていました。総務省に尋ねると、首都圏エリアはもともと周波数が足りない状況の中で首都直下地震が想定されていたため、放送大学跡地の議論が今回の方針につながったとのこと。そのため他の地域で同様の議論や方針を示すことは今のところ考えてはいない、とのことでした11)
 ただ、私も災害FM関連のシンポジウムや講演会に参加させていただいたことがある近畿総合通信局では、南海トラフ地震に備えて和歌山県の沿岸自治体12市町村で、災害FMを同時開局できるかどうか周波数を選定するシミュレーションや実地調査を実施し、その結果を自治体と共有する取り組みを行っています(図5)。これは、災害FMを取り入れた防災訓練を積極的に行ってきた和歌山情報化推進協議会12)と総合通信局のディスカッションからスタートしたものです。和歌山県の場合は首都圏エリアとは逆に、空き周波数があるためにこうした取り組みが可能ですが、全国各地でそれぞれのエリアの実情に応じながら、地域の総合通信局がイニシアチブを取って、平時から自治体等と連携した災害対応の取り組みをより積極的に進めていくことが求められているのではないかと思います。

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 そして、こうしたハードの準備以上に重要だと私が考えているのが、住民にとって必要な情報をわかりやすく伝えるスキルを持った人材の確保・育成です。マイクの前に座って災害対策本部の原稿を読めばいい、というところから一歩進んで、どうしたら混乱している人達が冷静に行動できるような伝え方ができるのか、どうしたら不安な人達が安心できるような話し方ができるのかについて、あらかじめ想定した準備をして欲しいというのが、これまで災害FMを取材してきた私の意見です。
 そのために貢献できるのが地域の情報伝達のプロフェッショナルである地域メディアの存在です。首都圏エリアで災害FMの開設を希望する自治体の中には、ケーブルテレビとあらかじめ運営に関して協議をしたり協定を結んだりしている地域もあり、非常に心強く感じます。また、先に紹介した和歌山県情報化推進協議会は、県下の県域民放やNHK、コミュニティ放送局等が参加している組織で、自治体職員や地域住民に対して、取材や放送の方法等を、訓練を通じて伝える活動をしています。こうした平時からの地道な活動こそ、地域メディアの果たすべき重要な役割の一つではないかと思います。
 更に、こうしたプロフェッショナルメディア、特に災害時にも活躍が期待される県域ラジオ局と自治体の連携が深まれば、災害時に自治体の情報をそのまま放送する枠を設けるといった取り決めも可能かもしれないと思ったりもしています。あらかじめ県域ラジオ局と自治体の間で、衛星電話を繋いで情報を伝えるという時間枠を確保する協定を結んでおけば、その自治体はわざわざ災害FMを立ち上げなくても情報を伝達することが可能でしょうし、住民にはあらかじめ、災害時には県域ラジオを聞いてください、と伝えておくことも可能でしょう。もちろん、県域ラジオ局には独自の編成があるわけですから、あくまで現時点では私見ではありますが、ただ、取材に行ったり独自に情報収集したりすることすらままならない激甚災害においては、自治体のみならず県域ラジオ局にとっても有効なのではないかと思いますし、複数の県域ラジオ局がある地域においては、こうした自治体情報を束ねる災害放送を行うチャンネルがあってもいいのではないかと思います。
 災害が起きてから出来る事は限られています。いかにあらかじめ災害時を想定し準備をしておくか、その準備は、最も厳しい状況を想定しておく必要があると思います。最後に少し踏み込んだ私の意見も述べましたが、今回の「放送用周波数の活用方策に関する取りまとめ」を契機に、既存の枠組みにとらわれない柔軟で積極的な災害情報伝達に関する議論が全国各地で進んでいくことを期待していますし、私もその議論に少しでも関わっていきたいと思っています。

 

1)   https://www.nhk.or.jp/bunken/research/domestic/pdf/20190201_10.pdf  P42
      逆にテレビについては68%の人たちが利用できなかったと回答
2)    https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h24/html/nc134220.html 図表3-4-2-5
3)    https://www.soumu.go.jp/main_content/000800629.pdf 
4)    放送大学は現在、BSで放送中 https://www.ouj.ac.jp/
5)    地デジ化終了後の空き周波数の一部。95MHz-108MHz
6)    地上AMラジオ事業者のFM転換だけでなく、コミュニティ放送局が開局を希望する場合には免許できる方針も併せて示された
7)    https://www.soumu.go.jp/main_content/000800629.pdf P14
8)   下記の震災についての原稿は・・・
      東日本大震災:https://www.nhk.or.jp/bunken/summary/research/report/2012_03/20120303.pdf 
             熊本地震:https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/100/246229.html 
         西日本豪雨:https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2018/08/09/
9)   https://www.soumu.go.jp/main_content/000800629.pdf  P5 
10) https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/housou_kadai/02ryutsu08_04000457.html 
   検討会では、東京都文京区・北区・練馬区・足立区が準備の取り組みをプレゼン
11) 4月5日 本検討会事務局である放送技術課を取材
12) https://wida.jp/act/rinsai_musen/ 和歌山県情報化推進協議会では、災害FM立ち上げのためのボランティア人材の確保なども行っている
13) https://www.soumu.go.jp/main_content/000806538.pdf P46