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放送ヒストリー 2023年02月09日 (木)

#451長寿番組「名曲アルバム」制作の舞台裏

メディア研究部(番組研究) 河口眞朱美

モーツァルト「交響曲第38番

 今月、テレビは放送開始70年を迎えた。その中で、長い歴史を刻んでいる番組の一つが「名曲アルバム」である。放送開始は1976年、3年後には50周年を迎えるNHKの長寿番組である。5分という短い時間に、クラシックを中心とする音楽のエッセンスが詰め込まれ、作品に縁のある映像と曲にまつわるエピソードを紹介、通算およそ1300作品が放送されてきた。筆者も、当番組の制作に携わる機会を得、1999年秋にヨーロッパでロケを行い、他の業務と並行しながら6年かけて14曲完成させた経験がある。この番組の映像が資料映像と思われる向きもあるが、毎回、音楽の名所を訪ねている。筆者は、ハイビジョン放送開始の折にまとめられた「名曲100選」シリーズを中心に、サン・サーンスの「白鳥」やクライスラーの「愛の悲しみ」、バッハの「G線上のアリア」など、クラシックの名曲中の名曲を選曲、5か国でロケした。

エイク『笛の楽園』から「涙のパヴァーヌ」エイク『笛の楽園』から「涙のパヴァーヌ」

チャイコフスキー『四季』から「炉辺にて」「トロイカ」チャイコフスキー『四季』から「炉辺にて」「トロイカ」

 5分という時間が、聞き手にとって聞きやすいのか、この番組コンテンツは、CDブックでの売り上げも細く長く続く隠れたベストセラーである。放送も、フィルムからデジタル、ハイビジョン、そして4K・8Kとメディアが変わるたびに撮り方にもひと工夫加えながら、長年にわたって視聴者に届けられてきている。
 「名曲って何でも5分なんですか?」と真顔で尋ねられたこともあるが、むろん、選ばれた名曲は、1分にも満たない旋律から、優に1時間を超える交響曲なども対象になっている。ディレクターと編曲者とで知恵を出し合いながら、番組オリジナルになる方向性を決め、最終的には指揮者や演奏者との録音の場で、まとめられる。

シューベルト「未完成交響曲」

 例えば、1分に満たないものは、楽器編成を魅力的なものに変えて変奏曲にしたり、場合によっては、関連のある別作品と合わせ技でメドレーにするなど、工夫を凝らしている。大曲であれば、どの部分を引用するかによって、まるで違う作品になり得るわけだが、ベートーベンの第5交響曲「運命」であれば、冒頭の"ジャジャジャジャーン"であり、第9交響曲であれば、最終楽章の合唱付き部分と、より多くの人が聞いたことがあるであろう部分を取り上げることになる。そのエッセンスを中心にしつつ、他の要素も5分に織り込んで楽しめる作品に仕上げている。

ヨハン・シュトラウス「皇帝円舞曲」ヨハン・シュトラウス「皇帝円舞曲」

グリーグ『ペール・ギュント』から「ハリング舞曲」グリーグ『ペール・ギュント』から「ハリング舞曲」

 5分に仕上げる苦労といえば、録音の際の演奏者の苦労は半端ではない。音の放送尺としては、冒頭と最後の余韻を計算すると4分48~53秒くらいが適当な尺になるため、せっかく良い演奏をしても、この目安より長すぎたり短すぎたり、というだけでボツになってしまう。ふだんは時間など気にしない指揮者でも、ストップウォッチ片手にオーケストラに指示を出す。1曲1時間程度の収録時間だが、再生して確認する時間もあるため、結構、時間がかかる。一発でうまく収まれば、拍手喝さいで気持ちよく終わることができるのだが、なかなかそうはいかないのが収録の現場だ。

アリ・バローゾ「ブラジルの水彩画」アリ・バローゾ「ブラジルの水彩画」

 THE名曲を取り上げている「名曲アルバム」だが、むろん、隠れた名曲を紹介することもこの番組の目的の一つなので、CMソングなど、時代の空気を反映して耳にすることが増えた名曲は、その時々で紹介してきており、こんな例もある。1954年に亡くなったメキシコの作曲家バルセラータの「エル・カスカベル」は、このタイトルだけではピンとこないが、作品を聴くと多くの人が思い出すドラマがある。民放のドラマ「踊る大捜査線」、このドラマのテーマ曲冒頭が、エル・カスカベルを思い起こさせるのだ。作曲・編曲家の仕事は、デザインのパタンナーによく似ている、とある作曲家から聞いたことがあるが、記憶の集積が創造の源でもある音楽の世界では、こうしたことは決して少なくない。珍しい例ではあるが、日本では無名だったメキシコの作曲家バルセラータの名が知られるきっかけとなった。名曲アルバムならではのエピソードでもある。