文研ブログ

放送ヒストリー 2022年12月07日 (水)

#432 戦後のNHKと児童文学作家・筒井敬介 その2 ~「初期『おかあさんといっしょ』失われた映像を探る」に関連して~

メディア研究部(番組研究) 高橋浩一郎

 「放送研究と調査」11月号で、児童文学作家の筒井敬介さん(1917~2005)とグラフィックデザイナーで絵本作家の堀内誠一さん(1932~1987)が初期の『おかあさんといっしょ』に関わり、番組から『あかいかさがおちていた』(1965)という1冊の絵本が生み出されたことを紹介しました。実はお二人にはもう一つ共作した絵本があり、この作品も『おかあさんといっしょ』の中で番組化されていました。『かわいい とのさま』という作品です。

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絵本版『かわいい とのさま』

 『かわいい とのさま』は1970~1971年に12回にわたって月刊誌「ワンダーブック」に発表されました(2013年に小峰書店から単行本化)。絵本『あかいかさがおちていた』が『おかあさんといっしょ』から生み出されたのとは逆で、『かわいい とのさま』は紙媒体の方が先に発表され、後にテレビ化されています。まず絵本の『かわいい とのさま』がどんな内容なのか見てみます。
 主人公のとのさまはいばりん坊でわがままなくせに泣き虫の男の子です。パパやママはおらず、なぜかお堀に住むカワウソが人に化けてばあやの役をしています。月刊誌に毎月連載されていたということもあって、ひな祭りや花火、お正月など折々の季節の行事を交えつつ、1年間を通してとのさまの成長物語を描いています。1話が見開き8ページと限られた紙面の中で、奇想天外だったり、時にはほろりとしたりする物語が展開され、堀内誠一さんの絵もほかではなかなか見られない大胆で漫画風なタッチで描かれています。

『かわいい とのさま』筒井敬介・作 堀内誠一・絵(小峰書店) 『かわいい とのさま』筒井敬介・作 堀内誠一・絵(小峰書店)

テレビ版「かわいいとのさま」

 一方、テレビ版の「かわいい とのさま」が放送されたのは1970年10月。水曜日の『おかあさんといっしょ』のコーナー「らっぽんぽん」の中のお話として、4回にわたって紹介されました。(1970年代中盤まで『おかあさんといっしょ』の内容は曜日ごとに違っていました。)

「らっぽんぽん」旗照夫、真理ヨシコ 「らっぽんぽん」旗照夫、真理ヨシコ

 「らっぽんぽん」は初代・うたのおねえさんの真理ヨシコさんとジャズシンガーの旗照夫さんが出演したコーナーですが、残念ながら映像は残っていません。台本を確認すると、スタジオをベースに人形劇や影絵などさまざまな手法を取り入れ、時には歌を交えながら、毎回さまざまな物語を紹介するという内容だったようです。細かい点で違いはあるものの、テレビ版も基本的には絵本版と同じ登場人物で、物語の要素も共通していました。
 台本のスタッフ表示には、人形美術として川本喜八郎(連続人形劇『平家物語』、人形アニメーション『死者の書』など)、小道具などの制作として加藤晃、毛利厚(『みんなのうた』の「トレロ・カモミロ」のアニメーション制作など)、振付に高見映(『できるかな』のノッポさん)など、当時ほかの幼児・子ども向け番組にも関わっていた外部クリエーターたちの名前がありました。

「かわいい とのさま」台本 「かわいい とのさま」台本(小西理加氏 所蔵)

"かわいくない"とのさま

 それにしても「わがままでいばりん坊の泣き虫」を「かわいい」と思えるでしょうか。ちっとも「かわいくない」と思うのが自然な気がします。筒井さんはどうして真逆のタイトルをつけたのでしょうか。
 『かわいい とのさま』が作られた1970年、大阪では「人類の進歩と調和」をテーマにした日本万国博覧会が開催され、日本は戦後の混乱期を乗り越え高度経済成長を果たした姿を世界にアピールしました。一方、1969年には全国の"カギっ子"が483万人に上るなど、子どもをめぐる状況もそれまでと大きく変わりつつありました。
 「かわいい とのさま」の設定は、従来とは異なる環境で育つことを余儀なくされた当時の「現代っ子」のイメージに重なるように思えます。同時に、いつの頃からか「子どもはかわいいもの」と一方的にひ護の対象とみなすようになった風潮を、反語的に「かわいい」という言葉を用いることで皮肉っているようにも読み取れます。
 筒井さんが自らの子ども観について書いた原稿が残されていました。そこには筒井さんが子どもをどのような存在としてとらえていたのかが書かれています。

――いってみれば子どもを、生物的に未発達なとか、未熟なとか考えては、作家の想像力は刺激されないのである。一人の人間として、あらゆる感性を備えた不思議な好奇心をわき立たせる人間として扱っているのです。誤解を恐れずにいえば、子どもにこれから何をおっぱじめるのか分からない怪物としての位置を与えなければ、作家は興味をもち得ないのです。

 子どもは常に社会の変化から影響を受け、大人のまなざしから無縁でいられないという点で受け身の存在です。しかし変わるのは大人の社会や価値観であって、子どものありよう自体はいつだって同じ「何をおっぱじめるのか分からない怪物」なのです。子どもは飼いならすものでも、管理するものでも、ましてや「かわいい」だけの存在でもないことを、『かわいいとのさま』を通じて筒井さんは伝えている気がします。

*3回目は12月8日(木)に掲載予定です。