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2022年10月14日

メディアの動き 2022年10月14日 (金)

#426 これからの"放送"はどこに向かうのか? ~始まった「公共放送ワーキンググループ」の議論~

メディア研究部(メディア動向) 村上圭子

◇NHK 経営計画修正案 意見募集中

 10月11日、NHKは、経営計画(2021年―2023年度)の修正案を発表しました 1)。そこでは、来年10月から、地上契約と衛星契約(地上とBSのセット)の受信料を、それぞれ1割値下げする方針が出されました(図1 2))。

図1

 値下げは、NHKがこれまで取り組んできた、スリムで強靭な「新しいNHK」を目指す業務改革によって生み出された繰越金を原資に行われ、総額1500億円が充てられる予定です。繰越金はこの他、情報空間の健全性の担保のための投資や日本のコンテンツ業界の人材育成、それから、民放との連携によるインフラ維持コストの低減等にも充てられることが示されました。こちらは総額700億円が予定されています。インフラ部分における民放との連携は、以前、本ブログ 3)でもとりあげた通り、去年から「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会(在り方検)」で議論が進んでいるものです(図2 4))。

図2

 また案では、繰越金の還元策だけでなく、放送サービスをスリム化する案も示されました。具体的には、2024年3月末に、現在3波あるBS(右旋)放送のうち、2Kの1波を停波し、2Kと4Kの1波ずつの体制にするというものです(図3 5))。

図3

 この他、「安全・安心を支える」「あまねく伝える」という重点項目の強化を併せた大きく3点が、今回の修正案のポイントとなります。重点項目の強化については後ほど改めて触れたいと思います。NHK経営委員会による意見募集が11月10日まで行われています 6)

◇「公共放送ワーキンググループ」議論開始

 このNHKによる経営計画修正の取り組みと並行して、総務省の「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会(在り方検) 7)」には「公共放送ワーキンググループ(WG)」 8)が設けられ、議論が開始されています。9月21日に第1回会合が行われ、年内にあと3回、来年3~4回の会合を経て、6月に取りまとめが示される予定です。本ブログではこの第1回会合で示された構成員の発言 9)を軸に、論点の全体像を確認しておきたいと思います。

・WGの検討項目

 WGの検討項目として事務局から示されたのは以下の4点でした(図4 10))。項目別にみていきます。

図4

・ネット時代における公共放送の役割

 去年11月から行われている在り方検(親会)の議論では、デジタル情報空間における課題が増大する中、公共放送であるNHKだけでなく民放も含めて、「伝統的かつ例外的に情報空間の環境整備のために国の政策が展開されてきた 11)」放送メディアが果たすべき役割はこれまで以上に大きくなっている、との共通認識が形成されてきました 12)。今回のWGは、放送メディアの中でも、特にNHKが今後担っていくべき役割とは何なのか、この再定義が検討の出発点となります。
 第1回会合だったということもあり、構成員からは、放送メディア全般の今日的役割を再確認する発言が目立ちました。そんな中、落合孝文構成員からは、必ずしも収益につながらないが大事な価値観を持つ情報をしっかり発信していくことがNHKの役割として重要であるとの発言が、そして山本隆司構成員からは、NHKはジャーナリズムに基づく編集メディアとして、ネット空間に欠けているものについてどのような役割を果たしていくのかを明確にする必要があるとの意見が出されました。また、瀧俊雄構成員からは、NHKではセレンディピティ 13)アルゴリズムの研究に取り組んでいることを聞いている、ネットの欠点を克服する方向に期待したいというコメントもありました。

・ネット活用業務の在り方 ①放送法における位置づけ

 事務局が示した論点を見ればわかる通り、WGが議論の主軸に置いているのは、NHKのネット活用業務です。議論の前提となる現在地を確認しておきます。
 NHKは「NHKプラス」「NHKニュース防災アプリ」「NHKオンデマンド」など、ネットを活用した様々な業務を行っていますが、これらのサービスは放送法上、"任意業務"という位置づけになっています(図5 14))。そのため、毎年NHKは、ネット活用業務の内容や種類、費用について「インターネット活用業務実施基準(実施基準) 15)」を策定し、総務大臣の認可を得た上で業務を行うというルールになっています。このうち受信料を財源とする業務については、2020年度まで、受信料収入の2.5%以内で行うということになっていましたが、2021年度からはそれが変更され、自ら上限額を提示し、大臣の認可を得た上で実施しています。2022年度に設定した上限は200億円でした。

図5

 WGでは、任意業務であるこのネット活用業務を、今後、放送法上どのように位置づけていくのかが大きな論点とされています。この論点は、8月に自民党の「放送法の改正に関する小委員会」がまとめた第三次提言にも、「放送の補完ではなく、NHKの本来業務とすべきかどうか、本来業務とする場合にはその範囲をどのように設定するかも含めて検討すること」という形で示されていました 16)

 WGの第1回会合で、明確に本来業務化すべきと主張したのは宍戸常寿構成員でした。宍戸構成員は、ジャーナリズムに裏付けられた公共的な動画配信が日本で遅れたことにより、現在のデジタル情報空間の課題が大きくなったという認識を述べた上で、NHKに先導的役割を果たさせることで、民放も含めて公共的な情報が適切にネットに供給され、健全な世論が形成されることを"デジタル社会の基本政策"として確保すべき、と発言しました。一方で、大谷和子構成員からは、必須業務か任意業務かという大雑把な議論は卒業すべき、林秀弥構成員からは、本来業務化は是か非かという二項対立的な図式での議論は問題を矮小化する、といった発言もありました。大谷構成員からは、NHKはデジタル情報空間でどのような役割を果たすのかをまず検討し、その上で、その役割を果たすための制度をデザインし、受信料の使い道を定義すべきとの趣旨の発言もありました。

 私はこれらの発言を聞いて、今から5年前程前のことを思い出しました。在り方検の前身である「放送を巡る諸課題に関する検討会(諸課題検)」でも、ネット活用業務の本来業務化という論点が議論の俎上に上った時があったのです。
 NHKは当時、放送法では認められていなかった常時同時配信(現在のNHKプラス)を実施できるよう制度改正を要望していました。あわせて負担のあり方については、会長の常設諮問機関「NHK受信料制度等検討委員会(受信料検討委員会)」を設けて議論を進めていました。
 受信料検討委員会は、「条件が揃えば、放送の常時同時配信はNHKが放送の世界で果たしている公共性を、インターネットを通じても発揮するためのサービスと考えられるとし、テレビを持たずにネットだけでモバイル端末でこのサービスを利用する人達にも受信料を負担してもらう受信料型を目指すことに一定の合理性がある」という答申案 17)をまとめ、2017年7月、NHKはこの内容を諸課題検で報告しました 18)。私は総務省の会議室で会合を傍聴していましたが、この日を契機に、放送業界や新聞メディアでは、NHKのネット活用業務を本来業務化するか否かという議論が大きくなっていったと記憶しています 19)。その後、高市早苗総務大臣(当時)が、「常時同時配信を「本来業務」として位置づける考え方については、私は、多岐に渡る課題がある 20)、井上弘民放連会長(当時)が、「独占的な受信料収入で運営されるNHKがインターネット活用業務を拡大することは、民間放送だけでなく新聞などの民間事業と競合する可能性を高める 21)とそれぞれが会見で言及。結果、NHKのネット活用業務の本来業務化は時期尚早とされ、任意業務のまま、受信契約をした方々を対象とする同時配信等を可能とする放送法改正が行われることになり、今に至っているのです。

・ネット活用業務の在り方 ②規制の在り方について

 NHKのネット活用業務の本来業務化の議論と切っても切り離せないのが、民放や新聞社が繰り返し述べてきた、いわゆる"民業圧迫"という懸念です。今年7月に公表された在り方検(親会)の取りまとめ案に対する意見募集においても、日本新聞協会は、「NHKが巨額な放送受信料を財源にネット業務をさらに拡大して取り組めば、民間事業者の公正な競争をゆがめ、言論の多様性を失わせることになりかねない 22)と述べています。
 一方、NHKの前田晃伸会長は今年9月の定例会見で、ネット活用業務に関して民業圧迫や肥大化の懸念が指摘されているのでは、という記者の質問に対し、NHK内に設置している「民業圧迫ホットライン 23)」に触れ、電話はこれまで1件しかなく、その1件も通話ができるかどうかの確認だったと明かしました。その上で「民業圧迫とかそういう事実はない」と発言しています。
 WGでは、この民業圧迫について、山本構成員からは抽象論のレベルではなく具体的な内容を示して議論をしていくべきではないか、林構成員からは、具体的にどのような市場においてどのような競争阻害が生じるか個別具体的に分析するのが議論を前に進める第一歩ではないかとの発言がありました。加えて競争法が専門の林構成員からは、視聴者向けのBtoCは民業圧迫の懸念はあまりなく、事業者向けのBtoB(toC)の分野で競争分析が必要ではないかいった具体的なコメントもありました。
 一方、宍戸構成員からは、NHKのネットサービスは健全なネット空間を作るために必要だと言う話であり、(民放や新聞と)同じレベルの競争に巻き込まれるのではなく、人々が多様な考えにどれほど触れたかで、行動変容や価値観の変容が起きたか、その指標に力点がおかれるべき、との見解が示されました。

・ネット活用業務に関する民放への協力のあり方

 この項目については、第1回会合では多くの発言はありませんでした。ネット利用者からアクセスしやすい共通の番組表などのプラットフォームの作成が必要、とか、NHKは民放が抱える課題の解決に向けて技術面に限らず手段を限定せずに協力することが必要ではないか、といった意見が出されました。

・ネット活用業務の財源と受信料制度

 このWGの開催にあたり、寺田稔総務大臣は会見で、「テレビなどの受信設備を設置した者から受信料を取るという現在の法制のもとでは、現時点ではテレビなどの受信設備を設置していない方に対して、新たに受信料を徴収することは考えていないわけであります。(中略)ただ、今後の受信料のあり方については、まさにこれから始まります公共放送ワーキングでのご議論も十分踏まえて、幅広く国民や視聴者の皆様から十分な理解を得るような姿にしていく必要がある 24)と述べていました。そのため、WG開始前には、いわゆる"ネット受信料"の議論に踏み込むのかどうか、ということが新聞報道などで取り上げられていました。
 これについて第1回会合では、参加した9人 25)のうち8人から、議論は時期尚早、現実的ではない、問題外、といった反応が示されました。ただ、三友仁志座長と林構成員からは、PCやスマホにNHKの配信サービスのアプリをインストールするなど自ら受信できる環境を用意している人達について受信料契約の対象とするかどうかについては議論してもいいのではないか、という発言もありました。
 民放連からは、在り方検(親会)の取りまとめ案に対し、「仮に「放送の補完」との位置付けの見直しを含めて検討するのであれば、テレビ受像機に紐づいて契約義務を定めている現行の受信料制度との関係を整理し、視聴者・国民各層の十分な理解を得ることが欠かせません」という意見が出されています。業務と制度とをつなぐ議論が行われるのかどうか、今後に注目していきたいと思います。

◇おわりに

 冒頭にも触れましたが、NHKは現在の経営計画で掲げている「安全・安心を支える」「社会への貢献」「人事制度改革」「あまねく伝える」「新時代へのチャレンジ」という5つの重点項目のうち、今回の修正案では、「安全・安心を支える」「あまねく伝える」の2つをより強化していくという方針が示されました。特に「安全・安心を支える(図6) 26)」については、環境変化が加速する中、NHKが公共放送として社会にどのような役割を果たしていくのかという考えを、アップデートして社会に示したということだと思います。

図6

 WGでは今後、NHKが"インターネット時代"に"ネット活用業務"を通じてどのような役割を果たしていくのか、という観点からの議論が深められていくことになると思います。その前提として、事務局が示した論点の中には、環境変化の中で使命を終えた役割についても検討するとされていますが、同時に、これまで公共放送として果たすべき役割の中で果たし切れていなかったことを再点検するという視点も必要ではないかと考えます。宍戸構成員からは、9月16日に採択されたEUのメディア自由法案 27)が紹介された上で、経営委員会を含めたNHKのガバナンス改革はどこまで進んでいるのか、という厳しい指摘もありました。
 今回のWGだけでなく在り方検全般に言えることだと思いますが、今行われている議論は、デジタル情報空間の課題にいかに対応していくか、という問題意識に前のめりになりがちで、そのために放送メディアはどのような役割を果たすべきか、といったロジックで議論が進められています。しかし、法制度の議論が、放送波という伝送路が前提であった放送サービスから、ネットも活用したメディアサービスのあり方に拡張していく以上、長期的には、伝送路によらず、公共的なメディアの役割を再定義し、それを誰がどのように担うのかという骨太の議論をしていかなければ、受信料制度も含めて、誰がどのように公共的なメディアを支えていくのかといった議論にはつながっていかないのではないかと思います。そのような長期的な視点も持ちつつ、短期的には、NHKと民放・新聞、そこにネット上のプラットフォームの存在も意識しながら、競争・協調・すみ分けについての建設的な議論がどのように行われていくのか、今後のWGや在り方検の議論に注目していきたいと思います。


1) https://www.nhk.or.jp/keiei-iinkai/iken/pdf/keikaku2022.pdf
2) 同上 P10
3) https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/500/472560.html
4) 1) 参照 P12
5) 1) 参照 P5
6) https://www.nhk.or.jp/keiei-iinkai/iken/221011k/index.html
7) https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/digital_hososeido/index.html
8) https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/digital_hososeido/02ryutsu07_04000322.html
9) 執筆段階では総務省から議事録が公開されていなかったので、筆者の傍聴メモを参照した
10) https://www.soumu.go.jp/main_content/000837157.pdf
11) WG第1回で紹介された曽我部真裕構成員のコメントから
12) この議論の詳細は...... https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2022/08/10/
13) 偶然や予想外の出会いという意味
14) https://www.soumu.go.jp/main_content/000837155.pdf P19から引用 赤囲いは筆者
15) 2022年の「NHKインターネット活用業務実施基準」 https://www.nhk.or.jp/net-info/data/document/standards/220111-01-jissi-kijyun.pdf
16) https://www.nhk.or.jp/bunken/research/focus/f20221001_1.html
17) https://www.nhk.or.jp/pr/keiei/kento/toshin/
18) 諸課題検討2017年7月4日会合 https://www.soumu.go.jp/main_content/000498611.pdf
19) 文研ブログ https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2017/07/28/
20) https://www.soumu.go.jp/menu_news/kaiken/01koho01_02000602.html
21) https://j-ba.or.jp/category/interview/jba102350
22) https://www.soumu.go.jp/main_content/000837155.pdf から引用
23) 2020年9月開始 https://www.nhk.or.jp/css/goiken/mingyo.html
24) 2022年9月13日閣議後記者会見 https://www.soumu.go.jp/menu_news/kaiken/01koho01_02001169.html
25) 座長含む。曽我部真裕構成員は欠席
26) 1) 参照 P9
27) https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/IP_22_5504