文研ブログ

2022年8月10日

2022年08月10日 (水)

#413 総務省「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」 取りまとめ公表を受けて(1)

メディア研究部(メディア動向) 村上圭子

 8月5日、総務省の「デジタル時代における放送政策の在り方に関する検討会(在り方検)」が、去年11月から約8か月間の議論を踏まえた「取りまとめ」を公表しました1)。私はこれまで、このブログで過去5回2)、そして8月1日にWEBに全文を公開した『放送研究と調査』7月号の「これからの“放送”はどこに向かうのか? Vol.7 ~諸課題検から在り方検へ~3)で議論を整理し、認識を提示してきました。公開された取りまとめについて、2回に分けて私なりに図表を示しながら整理しておきたいと思います。

議論の全体像

 図1が在り方検が公表した取りまとめの概要です。内容は大きく5つに分かれていましたので、それに従って、⑴環境変化、⑵意義・役割、⑶守りの戦略、⑷攻めの戦略、⑸放送制度の順に見ていきます。1回目の今回は、⑴⑵についてです。

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 (1)    「放送を取り巻く環境の変化」~6つのモデルとその課題から確認する~

 取りまとめでは、放送を取り巻く環境の変化を、視聴動向・サービス・ビジネスの分野におけるデジタルシフトの進展と、人口減少等、深刻化する日本社会の課題という2点を軸に述べていました。私は、これらの環境変化が地上放送の土台となってきたモデルをどのように揺るがし、どんな課題をつきつけているのかという観点で整理してみました。
 図2は、地上放送の土台となってきたモデルを私なりに6つに分けて示したものです。①テレビ端末に対して、②放送波を通じて、③民放は広告モデル、NHKは受信料制度のもと、④県域単位を原則としながら、⑤民放は系列ネットワークという仕組みを通じて、⑥NHKと民放の二元体制で実践してきた、としました。放送法という制度の下、長い歴史の中で、これらの6つのモデルが密接に絡み合いながら地上放送を形作ってきたといえましょう。なお、番組や情報等の放送内容については、次項目の「放送の意義・役割」のところで論じたいと思いますので、この図にはあえて入れていません。


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 この6つのモデルが、昨今の環境変化によってどのような課題に直面しているのかを示したのが図3です。以下、それぞれ見ていきます。

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 ①の課題については、もはや説明するまでもないと思いますが、個人的には、直近の内閣府「消費動向調査」で示された、29歳以下の世帯のテレビ所持率が80.9%という数字4)にはいささかショックを受けました。
 ②の課題は、在り方検で最も大きな論点の1つとなりました。テレビは一度に1000万人を超える同時視聴を可能とする絶大なリーチ力を誇るメディアであり、その力は今も他のメディアの追随を許しません。そのリーチ力を支えてきたのは、全国津々浦々に設置している、放送波を届ける中継局等のインフラです。しかし、このインフラ維持のコストが事業者に重くのしかかり、経営を圧迫しているのです。加えて放送波は、“放って送る”という言葉通り、一方向が大きな特徴です。そのため、双方向が前提のネットサービスと比べて、ユーザーデータを入手することが技術的に難しいといったこと等もあり、活用が進んでいない現状があります。このことは、特に民放の広告ビジネスにとって極めて大きな課題となっています。
 それを示しているのが③です。電通「2021年 日本の広告費5)」によれば、2021年の地上波テレビ広告費は、コロナ禍で大きな影響を受けた2020年に比べて大幅に回復しました。ただ、ネット広告費の継続的な伸長によって、地上波テレビ広告費は長期的には低下傾向が続くことが考えられます。また、地上放送事業者はネット広告、特に配信サービスにおける動画広告の取り組みを積極的に進めており、毎年150%近い成長が続いています。しかし、金額ベースでみれば、地上放送の広告費全体の1.5%程度という厳しい現実があります。
 NHKの受信料制度については、先に触れた通り、テレビ端末を所持しない層が確実に増えてきています。加えて最近では、チューナーが内蔵されていないモニターが人気を博しており、これは今後のトレンドとして避けられない状況になっていくと思われます。また受信料の額についても、OTTサービスの浸透等もあいまって、視聴者からこれまで以上に厳しい目が向けられています。
 ②と共に、在り方検で大きな議論となったのが④の課題でした。少子高齢化や人口減少、それに伴う地方経済の縮小によって、銀行、大学、鉄道等、あらゆる産業や公共サービスは事業継続のために合併や統廃合等を行っています。では、県域を基本的な放送対象地域としてビジネスを展開しているローカル局は今後どのような姿になっていくのか、いくべきなのか……。このテーマも長らく課題として指摘されながら、放送制度の議論としては、これまでほとんど触れられてきませんでした。
 ⑤もローカル局に関わる課題です。系列ネットワークに属するローカル局は、キー局等の番組をそれぞれの放送対象地域の世帯に届けることで、キー局からネット配分金を得ています。加えて、キー局等が制作した過去番組を安価に購入し、それらと自社制作の地域番組を組み合わせる形でチャンネル編成をおこなってきました。しかし、キー局等が制作した番組をネット経由で全国どこでも視聴できる環境は広がっており、今年4月からはTVerを通じて、キー局系5局のゴールデン・プライムタイムのリアルタイム配信も始まりました。また、キー局から支払われるネット配分金も年々減少してきています。こうした中、ローカル局はどれだけ自社で番組を制作しているのか、地域の企業等からどれだけ収入を得ているのか、また、番組制作以外にどれだけ地域に根を張ったサービスを行っているのかということが、地域メディアとして生き残っていく上で、これまで以上に重要になってきているのです。
 ⑥は、在り方検の前に開催されていた「放送を巡る諸課題に関する検討会」の時からの懸案のテーマです。特に、ネット上でNHKと民放の共通プラットフォームを作るということは、“べき論”として5年以上前から提起されてきました。現在、民放では、5年前に開始した民放公式配信サービスのTVerが存在感を増しており、NHKでは、2年前から受信料契約世帯向けの同時・見逃し配信サービス、「NHK+」が提供される等、それぞれはネット上での展開を進めて来ています。しかし、両者の連携は極めて限定的なものに留まっています。これまで長らく二元体制で実践してきた“放送の公共性”を、拡大するデジタル情報空間の中でどのような姿で示していくのか、その答えは見えていません。

(2)    デジタル時代における放送の意義・役割 ~繰り返されたキーワードとセンテンス~

 約8か月間の在り方検の議論で最も頻繁に登場したキーワードの1つは、「インフォメーション・ヘルス(情報的健康)」だったと思います。これは、フェイクニュースやアテンションエコノミー6)等、デジタル情報空間で起きている様々な問題に対して、人々は多様な情報にバランスよく触れることで一定の免疫力(批判的能力)を獲得する必要がある、このことを広く伝えるために生み出された造語です7)。在り方検では、インフォメーション・ヘルスの確保という点において、放送に対する期待はむしろ以前よりも増しているのではないか、という文脈で用いられていました。

 取りまとめでは、期待される放送の価値について、「取材や編集に裏打ちされた信頼性の高い情報発信、「知る自由」の保障、「社会の基本情報」の共有や多様な価値観に対する相互理解の促進」という形で表現しています。私は取りまとめを最初に読んだ際、このセンテンスが繰り返されていることが気になり、数を数えてみたところ、実に9回も登場していました。このことからも、今回の取りまとめではいかにこの価値を強調しておきたかったのかが伺えます。
 放送業界に身を置く者として、このような形で価値を評価してもらえることは素直にありがたいと思います。また、放送の持続的な維持・発展のために制度の在り方を検討するという、在り方検としての命題にもかなった議論が進められたとも受け止めています。一方で、今回の議論では、ネット上に流通する情報やサービスに関する課題はクローズアップされましたが、放送事業者が提供する番組や情報の内容に関する課題についてはほとんど指摘されることはありませんでした。これだけ多様なメディアがひしめきあい、あらゆる情報がネット経由で入手できる時代に、放送事業者はどこまで信頼性の高い情報を社会に提供できているのか、期待に応えられる役割が実現できているのか、自ら省みる姿勢を忘れてはならないと思います。取りまとめに甘んじることのないよう、自戒を込めてあえて述べておきます。
 また、今回の取りまとめは、インフォメーション・ヘルスの確保がかなり強調される内容となっていましたが、在り方検の議論では、放送の意義・役割について 裾野の広い有意義な議論が行われていました。私も改めて認識を深める契機になりましたので、図4では取りまとめで触れられていなかった内容も含めて、私なりに整理しておきました。

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 次回は下記の項目をとり上げ、より深く、取りまとめの内容を整理していきたいと思います。

(3)守りの戦略―放送ネットワークインフラの将来像 ~踏み込んだ問題提起と残された論点~

(4)攻めの戦略―放送コンテンツのインターネット配信の在り方 ~本格的な議論は秋以降に~

(5)放送制度の在り方 ~地域メディア機能の再定義~

 

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1)  https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01ryutsu07_02000236.html 

2) 「文研ブログ#352 総務省で新たな検討会開始。どこまで踏み込んだ議論が行われるのか?」(2021年12月1日)https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2021/12/01/ 

 「文研ブログ#359 総務省「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」これまでの議論を振り返る」(2022年1月20日)https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2022/01/20/ 

   「文研ブログ♯366 民放ローカル局の将来と地域情報の確保を巡る課題~「在り方検」第4回から~」(2022年2月10日)https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2022/02/10/ 

 「文研ブログ♯374 マス排&放送対象地域の見直しは何のため?~「在り方検」第5回から~」(2022年3月7日)https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2022/03/07/  

   「文研ブログ♯375 政策目的の実現のためにどう政策手段を見直すか?~「在り方検」第6回から~」(2022年3月11日)https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2022/03/11/ 

3)  https://www.nhk.or.jp/bunken/research/domestic/20220701_7.html
4)  https://www.soumu.go.jp/main_content/000828943.pdf P10
5)  https://www.dentsu.co.jp/news/release/2022/0224-010496.html 
6)  情報の優劣より人々の関心や注目を獲得することそのものが経済的価値になっていくこと
7) 詳細は……鳥海不二夫・山本龍彦「共同提言「健全な言論プラットフォームに向けて ―デジタル・ダイエット宣言 ver.1.0」」(2022年1月)  https://www.kgri.keio.ac.jp/docs/S2101202201.pdf