文研ブログ

2021年5月 6日

メディアの動き 2021年05月06日 (木)

#319 「コロナ禍の無給医」をめぐる報道の力

メディア研究部(番組研究) 東山浩太


 「放送研究と調査」4月号に「『メディア世論』が社会を動かす~「コロナ禍の無給医」報道~」という拙論を載せました。
 医療従事者の中には無給医と言われる人たちがいます。大学病院で働いていますが、給料が少なく、雇用契約すら結ばれていないこともある大学院生などの医師です。厳しい労働条件の中で新型コロナウイルス感染者の診察にもあたります。医療体制がひっ迫するコロナ禍で、無給医や無給医をめぐる政策がどのようにテレビで描かれてきたか――を例にして、報道が社会に影響を及ぼすとき、どんなしくみなのかを考えてみた小論です。
 作成にあたっては、先行研究を大いに活用させてもらいました。例えばメディア研究者で同志社大学教授の伊藤高史さんの「ジャーナリズムの政治社会学」です。
 その中で、こんな理論が提唱されていることを学びました。

・報道が社会を動かす影響力を発揮するとき、一般には「報道→世論喚起(市民一般)→権力者(政治家や官僚など)→政策修正など」というプロセスがイメージされる
・が、選挙などを除き、報道は市民一般への世論喚起という過程を経ずとも、直接、権力者に働きかけ、政策などを動かしうる。権力者は世論調査のみを重視するのではなく、報道から世論全体の「心証」を推し量って行動を決めることもあるからである
・こうした影響力を報道が持つには「メディア世論」を作り上げることが重要となる。ある問題を提起する際、マスメディア1社のみより、複数の社によって報道がなされる=「メディア世論が成立する」と、その強い問いかけは権力者に認知されやすく、権力者を問題の対応へと動かしやすくなる

 以上は拙論で触れています。一方で、盛り込めなかったこともあります。
 報道が社会に影響するしくみを把握する場合、まずチェックするのはテレビや新聞などのマスメディアでしょう。しかし、加えて、使いこなす人たちが増えているTwitterやYouTubeなど、ソーシャルメディアもチェックする必要があるということです。
 というのは、政治に関する意見の広がりが可視化されやすいTwitterなどを、今や政治家や官僚はよくチェックしているだろうからです。
 社会学者で東京工業大学准教授の西田亮介さんは、近年、政治家や政党がTwitterなどを使ったイメージ戦略に注力してきたことを研究しています。昨年出版された「コロナ危機の社会学」の中では、「新型コロナ対策とちょうど重なる時期に政権が『耳を傾けすぎる政府』へと追い込まれた」と評しています。
 何に「耳を傾けすぎる」のかと言えば、Twitterのやりとりなど「わかりやすい民意」に、とのこと。そして「耳を傾けすぎる政府」は、社会へ向けて政策について語る際など、「説明と説得には多くの政治的コスト、それから時間を要する」から、「それらを省略する」ために「わかりやすい民意に『反応』しようとする」と分析しています。
 すなわち、政策を検討する上で、合理性や代表性に乏しくても「わかりやすい民意」、いわゆる「ネット世論」が、先述のマスメディア間で成立する「メディア世論」と同様に重視されていると思われるのです。

05-111.jpg それゆえに、報道が社会に影響するしくみを考える場合、今日では、「メディア世論」と「ネ ット世論」の相互作用を意識する必要があるでしょう。何か問題を報道で提起するとき、人々に大声で知らせる機能はいまだマスメディア(特にテレビ)が担っているにせよ、その広がりかたはどのようなものなのか。
 拙論で言及した、コロナ禍で無給医が厳しい環境で理不尽な労働(診察)にあたらされているというファクトは、NHKが初めて報道したものです。
 この報道はTwitterではどのような反応を見せたのでしょうか。肯定的に捉えられたのかどうか。また拡散した結果、一定の強度を持つ「ネット世論」となりえたのか。「メディア世論」と相互に作用して政治家や官僚の政策修正に影響したと考えうるのか。

 これらも実証的に調査した上で、報道が社会に影響を及ぼす力を詳しく見極めるのが今後の研究の課題です。