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メディアの動き

メディアの動き 2023年05月29日 (月)

ヨーロッパ公共放送の文化支援 "放送オーケストラ&合唱団"をめぐって【研究員の視点】#484

メディア研究部 (海外メディア研究) 小笠原晶子

 “放送オーケストラ”や“放送合唱団”についてご存じでしょうか?ラジオ放送が開始された1920年代から組織された放送局専属の楽団で、放送に向けた演奏や音楽文化の普及の役割を担ってきました。現在も、ヨーロッパには、規模やレベルはさまざまですが、ドイツのMDRライプチヒ放送交響楽団(1924年創立)やバイエルン放送交響楽団(1949年創立)、イギリスのBBC交響楽団(1930年創立)など世界的に知られた楽団が多数存在します。日本にも、定期演奏会や大河ドラマのテーマ音楽の演奏などでおなじみのNHK交響楽団は1926年設立で、まもなく100周年を迎えます。

 ヨーロッパでは近年、こうした放送オーケストラや放送合唱団の存続が議論になっています1)。 経営合理化や経費削減により、縮小や廃止の方針が打ち出されるなどしています。 その一方で、そうした方針には、音楽家や市民などから強い反対の声が上がり、 楽団の廃止やリストラ計画が保留となるケースも相次ぎました。 最近の動きは放送文化研究所の月報「放送研究と調査」2023年4月号2)、5月号3)の「メディアフォーカス」で報告しています。

 今回のブログでは、音楽家や市民が、放送オーケストラの存続を求めた声に注目します。民間オーケストラが多数存在するなか、公共放送のオーケストラや合唱団の存続がなぜ求められたのか、人々の声から、公共放送の音楽文化支援、ひいては公共放送のサービスに求められているものは何かを考えたいと思います。

オーストリア公共放送ORF 放送オーケストラ廃止案に音楽界から反発
 まず、オーストリアのケースです。2023年2月、音楽の国オーストリアの公共放送ORF会長が、1969年に誕生した放送オーケストラ、ウィーン放送交響楽団(RSO)の廃止案を発表しました。ORFはインターネットによる番組配信サービスなどに対応する新しい財源制度検討の条件として、政府から経費削減を求められ、ORF会長は2026年までに約3億ユーロ(約450億円)を削減する策を示しました。その中にRSOの廃止が含まれていました。

 RSOはミッションの柱の1つに、「現代音楽の保護・育成」を掲げています。特に現代音楽4)については、新曲の委嘱や初演に力を入れ、これまでも、新たな作曲家の作品を世に送り出してきたことをホームページで紹介しています5)

rso_1_W_edited.pngRSOのミッションステートメント「われわれの時代の音楽をわれわれの時代の人々に」を紹介するホームページ

 今回のRSOの廃止案に対しては、こうした活動実績を踏まえ、RSOはもとより、音楽関係者や市民の間でも存続を求める声が強く上がりました。以下、新聞やニュースを通じて報じられた声です

★ウィーンフィルハーモニー管弦楽団6)(RSO ホームページ記事より 抜粋)
「RSOはかけがえのない重要な文化財だ。創設以来、世界の音楽界に大きな影響を与えてきた。その独自性は、何よりも現代音楽への姿勢だ。オーストリアのオーケストラでこれほど多くの現代音楽を演奏しているところはない。」

★ウィーン交響楽団 芸術監督 ヤン・ナスト氏7)(ORF  ニュース記事より 抜粋)
「RSOは現代音楽の保護・育成によって、ウィーンの音楽文化の中にしっかり根づいている。組織やコンサートホールの収益性を度外視できないウィーンフィルやウィーン交響楽団に比べ、RSOは音楽市場でより大胆に活動できる。」

 また、上記ウィーン交響楽団のホームページには、他の国内オーケストラと連名で、RSOの現代音楽の振興に向けた貢献を評価し、存続を求める声明が掲げられています8)

wien_2_W_edited.png※ウィーン交響楽団ホームページに掲載された、ウィーン交響楽団と国内7楽団の連名によるRSO廃止反対を訴える声明

★現代音楽作曲家 オルガ ノイヴィルト氏(Derstandard紙 記事より抜粋9)
「コロナやロックダウンで、現代音楽の活動の回復には時間がかかっている。現代音楽を支援するどころか、もはや必要とされていないように見える。RSOの廃止は取り返しのつかない結果を招くであろう。音楽の革新に対する政治家や社会の軽視を示す。MDW(ウィーン国立音楽大学)の教授である私にとって特に悲しいのが、若い世代に芸術表現の機会が奪われてしまうことだ。」

★現代音楽作曲家 ゲオルグ フリードリッヒ ハース氏(Derstandard紙 記事より抜粋10)
「RSOが廃止され、現代音楽のラジオ放送もなくなれば、遅かれ早かれ、商業放送はORFと不当な競争を強いられると訴えるだろう。私を含む多くの芸術家が、ORFが文化的使命を全うせず、大衆迎合のプログラムで、民間より競争で有利に勝つために受信料を使っていると証言するだろう。」

 そしてRSOの廃止案発表からまもなく、「SOS RSO」という楽団の廃止撤回を求めるオンラインの署名活動も立ち上がりました11)。これは8万人分の署名を集めましたが、オーストリアの人口の1%近くに相当する数字です。その中には、世界的にも著名なドイツの放送オーケストラ、バイエルン放送交響楽団の首席指揮者サイモン・ラトル氏らの署名もありました。同楽団ではホームページでも、RSOの特筆すべき現代音楽への貢献を挙げ、反対の声明を発表しています。

bayern_3_W_edited.png※バイエルン放送交響楽団のホームページに掲載されたRSOの存続を求める声明

 こうした音楽家や市民からの反対の声や、政府内にもRSOの廃止に反対する声も上がるなか、政府は3月23日、廃止案を見送り、存続に向けた財源を検討するとしました12)。RSOは翌24日、ツイッターで、次のように支援者への感謝を伝えています。

rsotw_4_W_edited.png※RSOツイッターより:3月24日、RSO廃止案撤回の発表を受け、支援者に感謝を伝えるメッセージ13)
「われわれは喜びでいっぱいである。発表されたように、オーストリア政府はRSOを将来にわたって継続的に守ると表明した。われわれは全ての支援者に感謝したい。そしてみなさんのために音楽を続けることができてとても嬉しい。」

 クラシック音楽は、およそ500年という歴史を持ち、さまざまな音楽形式や演奏スタイルが時代と共に生まれてきました。そうしたクラシック音楽文化の継承と発展には、新しい作品の創造への投資が不可欠ですが、一方、まだ評価の定まっていない新しい現代音楽のプログラムは集客リスクを伴います。RSOは公共放送のオーケストラとして、そうしたリスクある投資も担い、クラシック音楽を今日まで継承させてきたと支持され、存続を求める声につながりました。

BBC放送合唱団廃止と放送オーケストラ人員削減案  市民などもから強い反発
 オーストリアに続き、イギリスでは3月、放送局傘下の楽団の縮小や廃止に向けた動きがありました。BBCは財源不足に対応しながらデジタル化や経営合理化を進めるなか、3月7日に新しいクラシック音楽の戦略を発表しました。戦略には、イングランドの3つの放送オーケストラ(BBC交響楽団、BBCコンサート管弦楽団、BBCフィルハーモニック)の人員20%削減、そして100年の歴史がある合唱団BBC Singersの廃止が含まれていました。その目的は、オーケストラはより多くの音楽家と柔軟に、全国各地で演奏する、そして合唱は、全国各地の合唱団と活動し、より幅広くイギリスの合唱界全体に投資するため、などとしています。

 この案には、BBC傘下のオーケストラ指揮者をはじめ、音楽家や市民から強い反対の声が上がりました。中でも廃止案が出されたBBC Singersについては、ヨーロッパの各国の放送合唱団や、広く民間の合唱団からも強く存続を求める声が上がりました。BBC Singersの団員は20名で、長年、現代音楽の初演や幅広いレパートリーの演奏のほか、各地域で音楽普及活動にも取り組んできました。民間の合唱団のメンバーは、なぜBBC Singersを支持しているのか、ホームページやSNSに上がった主な声を紹介します。

☆国内外の多数の合唱団から「Don't Scrap BBC Singers!」

bbc_5_W_edited.png※BBC Singers廃止撤回を求める「Don’t Scrap The BBC Singers!」YouTube投稿動画より14)

 上記YouTube動画は、イギリス国内のさまざまな合唱団の人々によって、BBC Singers廃止反対を広く訴えるため投稿されたものです。イギリスはじめ海外も含む100近い民間合唱団が、それぞれ「Don’t Scrap BBC Singers!」などと訴えています。参加している合唱団は、子どもや若者から高齢者まで、また活動場所と思われる撮影場所も教会やコミュニティーハウスのような施設などさまざまです。参加者はメッセージを歌にしたり、こぶしを振り上げたり、それぞれ工夫をこらして廃止撤回を訴えています。そして動画には次のようなメッセージが添えられています。
「イギリスでは毎週、200万人が合唱団で歌っています。BBC Singersは、100年にわたってイギリスの音楽生活に不可欠な存在で、世界的にも名声を博しています。アマチュアもプロも、音楽家はいたるところ、BBC Singers解散の決定を覆すよう、BBCに求めます。イギリス中の受信許可料支払者は要求します。“BBC SINGERS を守れ!”」

☆アマチュア合唱団200団体 BBCへ反対の公開書簡
 国中のアマチュア合唱団が連携し、BBC会長宛にBBC Singersの廃止撤回を求める公開書簡を送るという動きもありました。3日間で、229の合唱団メンバー18,290人が,この呼びかけに賛同したとしています。

wimbledon_6_W_edited.png合唱団 Wimbledon Choralのツイッターに投稿されたBBC Singers存続を求める公開文書15)
(1頁に続き、2~4頁に合唱団の名前が記載されている。)

手紙によると、合唱団は、廃止撤回を求める思いについて、次のように書いています。一部を紹介します。
「合唱団の長いリストを見てください。都市部から地方まで、全国各地の団員18,000人です。高齢者から若者まで、コミュニティーも仕事もさまざまです。(大半はもちろん、受信許可料支払者です)。伝統的な合唱団や室内合唱団ほか、コミュニティーや職場、若者の合唱団、男声合唱団、LGBT+やホスピス、また教会やカレッジの合唱団です。小さなグループから何百人規模のグループまであります。美しい合唱を愛する人々にエリート意識はありません。」
「BBC Singersはイギリスの合唱界で、とても重要な位置を占めています。アマチュアが憧れるトップレベルの素晴らしさだけではありません。たくさんの親密なつながりがあるからです。BBC Singersはかつてのわれわれのメンバーであり、BBC Singersの現役メンバーや元メンバーが、数多くわれわれ合唱団の指揮をつとめています。ソリストとして定期的にアマチュア合唱団と演奏しています。われわれの地域に来て演奏し、定期的に素晴らしい音楽を届けています。個人的に、われわれ合唱団の家族なのです。イギリストップのプロ合唱団をつぶすことは、われわれをないがしろにするということになるでしょう。」

☆オンライン署名活動で BBC Singers存続を求める15万人分の署名
 BBCがBBC Singers廃止の発表した3月7日に、廃止撤回を求めるオンライン署名もスタートしました。

singers_7_W_edited.png※BBC Singersの存続を求めるデジタル署名サイト16)

このサイトは、最終的に15万人を超える署名を集めました。なぜ廃止に反対か、署名に添えられた支援者の声には、将来的に音楽を目指す若者が職を得られなくなる、芸術は必要でぜいたく品ではない、 BBCは世界の放送局が羨望する文化振興の模範であるべきだ、などといったコメントが投稿されていました。

 今回のBBC Singers廃止やBBCのオーケストラの人員削減案については、BBC傘下のオーケストラの指揮者や音楽家はもとより、音楽界の重鎮や政治家からも反対の声が上がっていました。3月24日、BBCは複数の団体から代替財源に関する提案があったとして合唱団の廃止案は保留し、オーケストラについても、強制的な人員削減は避けると発表しました。4月13日には、BBCは経費削減は必要としながら、オーケストラの人員削減について代替案を検討すると発表しました。

 2023年に入って続いたオーストリアやイギリスの動きですが、ヨーロッパで多くの主要公共放送が、経費削減や経営合理化で厳しい経営を迫られています。財源が限られるなか、何をサービスとして維持するのか、判断を迫られています。文化的支援についても、その成果を何をもって評価するか、客観的な指標が求められますが、今回のオーストリアやイギリスの動きを見ると、数字的な評価や短期的な視点では計れない、人々や社会の豊かな営みを支える役割や価値があるように思いました。今回は音楽に注目しましたが、歴史ある文化を広く継承し発展させるため、公共放送が担う役割とは何か、今後も欧州の動きを追いながら考えていきたいと思います。


1)例として、フランスの公共ラジオRadio France傘下の合唱団Chœur de Radio Franceのメンバーが2020年に約30%カット、アイルランドの公共放送RTÉ のオーケストラと合唱団National Symphony Orchestra and Choirs が2022年1月、National Concert Hallの運営に移管された。

2)https://www.nhk.or.jp/bunken/research/focus/f20230401_6.html

3)https://www.nhk.or.jp/bunken/research/focus/f20230501_6.html
https://www.nhk.or.jp/bunken/research/focus/f20230501_8.html

4)音楽の友社 「新音楽事典(1997版)」によると、「もっとも広い意味をもつ<現代音楽>は,<20世紀音楽>のほぼ同義語と考えられる。」

5)https://rso.orf.at/en/node/4617

6)https://rso.orf.at/en/node/4668

7)https://orf.at/stories/3305907/

8)https://www.wienersymphoniker.at/de/news/2023/2/stellungnahme-zur-geplanten-einsparung-des-rso-wien

9)https://www.derstandard.at/story/2000143781592/ueberlebenskampf-des-rso-wer-traegt-die-verantwortung

10)https://www.derstandard.at/story/2000143781592/ueberlebenskampf-des-rso-wer-traegt-die-verantwortung

11)https://mein.aufstehn.at/petitions/sos-rso-rettet-das-radiosymphonieorchester-wien

12)その後4月24日、政府は2026年まで連邦政府の補助金で運営し、それまでにそれ以降の財源形態について検討することを表明した。

13)https://twitter.com/rsowien/status/1638948339965374464?cxt=HHwWgMDRjZ21274tAAAA

14)https://www.youtube.com/watch?v=T4ft6ghF6y8

15)https://twitter.com/WimbledonChoral/status/1638103785024225280

16)https://www.change.org/p/stop-the-planned-closure-of-the-bbc-singers

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小笠原晶子
報道局、国際放送局を経て、2019年6月から放送文化研究所研究員。
フランスやヨーロッパのメディア動向、メディアの多様性に関する調査など担当。

メディアの動き 2023年05月25日 (木)

NHKを巡る政策議論の最新動向②民放連・日本新聞協会の主張は?【研究員の視点】#483

メディア研究部(メディア動向)村上圭子

はじめに

 NHKを巡る政策議論の最新動向、1回目は総務省「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会(以下、在り方検)」の「公共放送ワーキンググループ(以下、WG)」で行われた受信料制度議論についてまとめました 。1)そこでも紹介しましたが、4月27日に民放連は、「NHKインターネット活用業務の検討に対する見解と質問について2) 」をWGに提出しています。そして5月19日には日本新聞協会メディア開発委員会(以下、新聞協会)も、「NHKインターネット活用業務の検討に対する意見 3)」を提出しました(以下、「意見書」と総称)。
 両者の意見書には、NHKが受信料財源によるネット展開を拡大することや、現在の任意業務を必須業務化することへの懸念が示されています。こうした中、5月24日、NHKの稲葉延雄会長は定例会見で、インターネットの世界でも放送と同じ役割を果たしていきたい、と必須業務化への意欲を示しました。26日のWG 4)ではNHKが報告を行う予定になっていますので、2回目の今回は、その報告前に、民放連と新聞協会が公表した意見書のポイントをまとめておきたいと思います。

1.6つの項目

 意見書では、民放連は13、新聞協会は10の質問をあげています。1つ1つの質問文が比較的長く、中には200字近いものもあります。少なくとも私は、文章をそのまま読んだだけではなかなか理解が進まなかったので、質問内容を項目に分けて整理してみました(図1)。

<図1>

  • 1)NHKのネット活用業務拡大と「情報空間の健全性」との関係
  • 2)ネット活用業務を中心としたこれまでのNHKの取り組みの検証            
  • 3)ネット活用業務の必須業務化に伴う民間事業者への影響
  • 4)NHKの説明責任
  • 5)制度改正に対する疑問 ①必須業務化②受信料制度③義務・規律
  • 6)政策議論の今後

 この6項目に従い、民放連と新聞協会のそれぞれの質問を整理したのが図2です。この図に沿って、両者の主張を見ていきたいと思います。

<図2>

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2.両者共通の主張

 まず民放連と新聞協会がおおむね同じ主張をしていると思われたのが、1)「NHKのネット活用業務拡大と情報空間の健全性との関係」、4)「NHKの説明責任」、5)「制度改正に対する疑問①必須業務化」、6)「政策議論の今後」です。それぞれ見ていきます。
 改めて確認しておくと、在り方検の問題意識の前提にあるのは、課題が山積するデジタル情報空間におけるインフォメーションヘルスの確保です。公共放送WGでも、NHKには先導的な役割を期待するという方向で議論が進んできました。しかし、民放連および新聞協会は、NHKのネット活用業務の拡大は、どのように「情報空間の健全性」の確保につながるのか、必須業務化でなぜ健全性が高まることになるのか、という根本的な疑問を投げかけています。
 そして両者とも、もしネット活用業務の拡大や必須業務化の議論を進めるのであれば、まずNHK自らがネット上で具体的にどのような業務を行おうと考えているのかを説明すべきであると主張。その上で、そうした業務がネット上でもたらす効果や市場への影響を検討するというのがあるべき議論の順序ではないか、としました。民放連からは、対象業務が抽象的なままでは公正競争の議論も抽象論になってしまう、との指摘もありました。新聞協会からは、そもそもなぜネット活用業務が任意業務ではだめなのか、NHKにはその理由を説明してほしいという要望もありました。NHKは去年11月、第3回のWGで報告を行っていますが、両者の質問からは、NHKの報告内容に納得できていなかったことがうかがえます5)
 また、仮に制度改正が行われ、NHKのネット活用業務が必須業務化になったとして、具体的にNHKの業務展開はどう変わり、ひいては視聴者 ・国民にとって何が変わるのか、という質問もありました。また民放連からは、もしもネット活用業務を区分し、一部を必須業務、残りを任意業務とする場合は、どのように規定するのか、という質問もありました。

 WGの今後の議論の範囲や進め方についても、民放連と新聞協会は同じ問題意識を持っていると感じました。NHKのネット活用業務の必須業務化を検討するということは、NHKにとどまらず、デジタルプラットフォーマーも含めた事業者がユーザーに対して持つ情報空間の健全性確保の責務や、 ネット空間における公共性のあり方を考えることにも通じるとし、そうした「放送法の外側にあるネット配信全般についての検討」(民放連)や、「放送法の枠を超えた議論」(新聞協会)を行うつもりはあるのかが問いかけられました。
 以上見てくると、意見書はあくまでWG宛てですが、質問の多くはNHKに対しても向けられていることがわかります。

3.新聞協会の力点

 ここからは民放連、新聞協会の主張の力点の違いを見ておきたいと思います。 まず、新聞協会の質問書からは大きく2つの主張が読み取れます。1つは、2)のNHKのこれまでの取り組みに対する検証をしっかり行うべき、という要望、もう1つは、3)のNHKのネット活用業務拡大は民間の報道機関の公正な競争を難しくさせるのではないか、という懸念です。検証の要望については3つの質問で、公正競争への懸念については4つの質問で自らの考えを示しています。これらの質問に通底する意識が次の文章からも読み取れます。「NHKのネット業務拡大が情報空間全体の改善にどの程度寄与するか、その効果が他の報道機関などに与える悪影響より優先されるのかを示すべき(中略)。一度棄損されたメディアの多元性や言論空間が元の姿を取り戻すことは難しく、そうした点に留意した議論が行われるべきだ」6)
 NHKは現在、受信契約者であるかどうかに関わらず誰でも視聴することができる、「理解増進情報」と呼ばれる番組関連情報・コンテンツをネット上で展開しています。新聞協会は、この内容について、 オリジナルコンテンツが多いのではないか、また提供方法については受信料制度上問題がないのか、それぞれ検証すべきではないかと主張しています。具体的なサービスとして「NHKニュース・防災アプリ」「NHK NEWSWEB」「NHK政治マガジン」をあげていることからも、これらのサービスを特に問題視していることがわかります。
 
4.民放連の力点

 民放連は13の質問を提出していますが、そのうちの大半が放送制度に関する内容でした。質問のベースには、これまでNHKは、「『放送』を規律するための放送法のもとで、それと矛盾しない形でインターネット活用業務を広げてきた」が、「今般のWGの議論は、この従来の枠組みを一気に超えていこうとしている」のではないか、という問題意識があります7) 。意見書で民放連が挙げた放送制度のうち、受信料に関しては意見書提出後に開催されたWGの第7回で議論されていました8) ので 、ここでは義務・規律に関する質問について触れておきます。
 民放連は今回の意見書のみならずWGの発言においても、NHKのネット活用業務の必須業務化をきっかけに、「放送」全体の枠組みにも何らかの制度変更が及ぶ可能性がないかという懸念もあり、以前から敏感に反応してきました。 民放はこれまで、ネット配信は放送制度の下で行うサービスとは異なり、あくまで個別の局によるビジネス領域であるというスタンスで取り組んできています。しかし、もしもそれが、「放送法において、インターネット配信を放送のように規律する考え」となると、今後のビジネス展開にも影響が及びかねません。そうした意味でこの点は、二元体制の一翼である民放特有のテーマであるともいえます。

5.意見書公表が意味するもの

 今回意見書として示された民放連と新聞協会の主張には、過去半年間に開かれた7回のWGで、論点化され議論されてきたことも数多く含まれています 。在り方検の前身である「放送を巡る諸課題に関する検討会」に設けられた「公共放送の在り方に関する検討分科会 9)」でも、NHKのネット活用業務について議論が続けられてきました。にもかかわらず、ここにきて、こうした質問が提出されたということは何を意味するのでしょうか。
 1つ目は前述した通り、当事者であるNHKの姿勢が問われているのだと思います。 NHKがまず主体的にネット上でどのような役割を果たしたいのか、その考え方や具体的な業務内容を示すべき、という意見は、民放連、新聞協会からだけでなく、複数の構成員からも出されています。NHKはこれまで、まずはWGでの議論を待ちたい、というスタンスを示してきました。これまでのWGの議論、そして 民放連や新聞協会の意見書を受け、5月26日のWGではどのような内容の報告を行うのか。改めてNHKの姿勢が問われることになるでしょう。
 2つ目は、NHKのネット活用業務の拡大や必須業務化を少しでも先送りさせたいという、民放連、新聞協会の思惑ではないかと思います。 放送や新聞といった伝統的なメディア企業は、公共放送であるNHKと同様、人々の知る権利に奉仕し、民主主義を下支えし、文化の発展を担ってきた存在です。在り方検の議論では、デジタル情報空間の課題への対応は待ったなしである、とか、外資系のデジタルプラットフォーマーが存在感を増す中で国内の事業者同士が争っている場合ではない、という問題意識が示されていますが、こうしたテーマに、民放も新聞も、時に私企業としての利害を超えて解決策を検討する議論に参画する責務があると私は思います。一方で、民放や新聞の経営の立場にたって考えてみれば、NHKも含めて、ライバルになり得る事業者は1つでも少ないほうがいいし規模も小さいほうがいいというのも当然の発想です。既存事業の落ち込みとネット上のビジネスの伸び悩みの状況が一層深刻になる中、“あるべき論”を振りかざすだけでは議論は前に進まなくなってきているということだと思います。

 WGでは、何度も確認されているとおり、インターネット時代のNHKの役割、ネット業務の範囲、公正競争のあり方、財源・受信料問題をひと通り議論し終わった後、改めて積み残された論点を議論していくことになっています。今後どういう進め方をしていけば建設的な議論ができるのでしょうか。
 民放連、新聞協会が共に疑問を投げかけていたとおり、デジタル情報空間における健全性の確保と各メディアの役割という議論は、NHKだけでなく、放送法の枠を超える議論です。公共放送WGと平行して別な会合でも議論を進め、WGの議論と接合させながら改めてNHKの役割や業務を考えていく、そうした議論の設計も必要なのではないかと思います。
 また、NHKが主語の議論になると、どうしても民放・新聞とNHKの関係が「競争」の観点一辺倒の議論になりがちです。もちろん、公正競争の議論はWGでもさらに具体的に進めていくことになりますが、一方で、「協調」「連携」の観点からの議論をどのように進めていくのかも考えていかなければなりません。今回の両者の意見書には出てきませんでしたが、過疎化や地域経済の衰退に悩む地域を基盤にしたローカルメディアの状況は、東京や全国を基盤とするメディアよりもさらに深刻です。こうした地域に地盤を置くローカル局、ケーブルテレビ、コミュニティ放送局、地方紙などのローカルメディアを支えるための協調や連携を、NHKはどう進めていくべきか。受信料を財源にした何らかの枠組みを作っていくことはできるのか。このことは、今回のWGの議論の主舞台であるネット空間にとどまらず、幅広く考えていかなければならないテーマだと思います。そのためには、NHK主語ではなく、地域メディア主語の議論をしていく必要があるはずです。
 現在示されているスケジュールでは、WGは今夏にとりまとめを発表することになっています。今後、どこまで議論は深まっていくのか。引き続き注視し、ブログを執筆していきたいと思います。


  •   1.  https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2023/05/18/
  •   2.  https://j-ba.or.jp/category/topics/jba105989
  •   3.  https://www.pressnet.or.jp/statement/20230519.pdf
  •   4.  https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/digital_hososeido/02ryutsu07_04000377.html
  •   5.  第3回のNHKの報告とそれを受けた議論について詳しくは...
           https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2023/01/25/
  •   6.  カギカッコ部分は新聞協会の意見書1Pから引用
  •   7.  カギカッコ部分は民放連の意見書2Pからの引用
  •   8.  WG第7回の議論の内容については1)を参照
  •   9.  公共放送の在り方に関する検討分科会とりまとめ
  •        https://www.soumu.go.jp/main_content/000733495.pdf

 

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村上圭子
報道局でディレクターとして『NHKスペシャル』『クローズアップ現代』等を担当後、ラジオセンターを経て2010年から現職。 インターネット時代のテレビ・放送の存在意義、地域メディアの今後、自治体の災害情報伝達について取材・研究を進める。民放とNHK、新聞と放送、通信と放送、マスメディアとネットメディア、都市と地方等の架橋となるような問題提起を行っていきたいと考えている。

メディアの動き 2023年05月22日 (月)

【メディアの動き】北朝鮮ミサイルで初の「日本領土・領海 に落下予測」,その後「可能性なくなる」

4月13日午前7時26分,防衛省は北朝鮮から弾道ミサイルの可能性のあるものが発射されたと発表した。

その約30分後の午前7時55分,政府は,人工衛星を通じて自治体などに緊急に情報を伝えるJアラート=全国瞬時警報システムで「北海道周辺」を対象に,直ちに避難を呼びかける情報を発信。

さらにその1分後の56分には,エムネット=緊急情報ネットワークシステムで,「先ほど発射されたミサイルが午前8時ごろ,北海道周辺に落下するものとみられます。北海道においては直ちに建物の中や地下に避難して下さい」と伝えた。

政府がJアラートとエムネットで情報を発信したのは今回で7回目だが,日本の領土や領海への落下が予測されたのは初めて。

各放送局は臨時ニュースで避難を呼びかけ,北海道では通勤客が地下街に避難するなどの影響が出た。

しかし,政府は午前8時16分,エムネットで「当該ミサイルについては北海道及び,その周辺への落下の可能性がなくなったことが確認されましたので訂正します」と発表した。

これについて同月21日,防衛省は,当初,北海道周辺に落下するおそれがあると探知したのは,結局ミサイル本体ではなく,分離したブースターなどだった可能性があるとする分析結果を公表した。

今回の一連の情報発信をめぐり,岸田総理大臣は同月13日,「国民の安全を最優先する観点から発出し,その後,ミサイルがわが国領域に落下する可能性がなくなったことが確認されたので改めて情報提供を行った。Jアラートの役割を考えれば今回の判断は適切だったと考えている」と述べた。

メディアの動き 2023年05月22日 (月)

【メディアの動き】制作会社側がNHKのBS波削減による制作機会の減少に懸念 

4月24日,総務省が設置する「放送コンテンツの制作・流通の促進に関するワーキンググループ」の第5回会合が行われた。

その中で,全日本テレビ番組製作社連盟(ATP)は,2024年3月にNHKがBS波を削減することについて,懸念と要望を表明した。

BS波削減によって制作機会が失われることに危機感を抱くATPは,外部制作委託や共同制作の比率のいっそうの拡大,そして適正な制作費の確保と総制作費の開示を求めた。

こうした懸念と要望の背景には,国内の製作会社の収益悪化がある。

ATPの調査によると,総売り上げ10 ~ 20 億円未満の製作会社の86%以上が減益(2021年度)であり,特に小規模な会社の経営状態が悪化しているとみられる。

放送をめぐる環境の悪化に対応するためのさまざまな議論の過程で,放送事業者と番組製作会社の間での,制作委託契約や取引価格,さらには著作権の帰属をめぐるトラブルが顕在化し,法令違反の防止,取り引きの適正化は急務となった。

総務省では,適正な取り引きのためのガイドラインの策定・改訂とともに,製作会社等に対応する無料の法律相談窓口を設けるなど,取り組みを進めている。

しかし,NHKが受信料の値下げを決定し,民放各局も番組制作費の削減が相次ぐ中,さらなるしわ寄せが立場の弱い製作会社に及ぶおそれもある。

放送業界がこの悪循環を断たなければ「良質で魅力ある放送コンテンツの製作・流通を促進」することは期待できず,Netflixなど外国資本の動画配信サービスの伸張を止めることは困難であろう。

メディアの動き 2023年05月22日 (月)

【メディアの動き】石川県の馳浩知事が定例会見開かず 地元テレビ局とのトラブルが発端

石川県の馳浩知事が,これまで月に1回のペースで開いていた定例の記者会見について,3月に続き4月も開かないという異例の事態が続いている。

馳知事は,2022年10月に全国公開されたドキュメンタリー映画『裸のムラ』(石川テレビ製作)で,県職員の映像が無断で使用されたと主張。

石川テレビの社長に定例記者会見への出席を求め,その場で議論したいという意向を示した。

これに対し,石川テレビは「肖像権侵害にはあたらず,当社が主催する記者会見以外に社長が出席することはない」として応じない考えで,両者の言い分が相容れないまま,定例会見が開かれていない。

一方で,新年度の抱負を述べた4月4日の臨時記者会見など,4月に3度の会見に臨み,その場で,記者がなぜ定例会見を開催しないのかを知事にただすという状況が続いている。

2022年3月に初当選した馳知事は,定例記者会見の実施を知事選で公約の1つに掲げていた。

今回の事態について,新聞労連や民放労連などで作る日本マスコミ文化情報労組会議は同月21日,声明を発表し,「そもそも記者会見は県民に向けて行われるもの」としたうえで,「『定期的に開催する』と知事選で公約した会見の機会を一方的に閉ざすのは,県民の『知る権利』を侵害する行為そのものだ」と非難し,早急に定例記者会見を再開するよう求めた。

またメディア側に対しても「当の石川テレビをはじめ,県内の各放送局はこの問題をあまり報じていない」などと指摘し,「報道機関は一致して事態の打開に向けて行動すべきだ」として奮起を促した。     

メディアの動き 2023年05月21日 (日)

【メディアの動き】SNS時代の先駆け Buzzfeed News閉鎖

SNSを活用するデジタルニュースの先駆けとなった,アメリカのBuzzFeed News編集部の閉鎖が決まった。

BuzzFeed社のジョナ・ペレッティCEOが4月20日,社員に宛てたメモで伝えた。

同氏は,厳しい経済環境やSNSプラットフォームの運用・利用の変化などを要因として挙げ,報道は,SNS依存度が低く忠実な読者がいて黒字のHUFFPOSTで継続すると述べた。

BuzzFeed Newsは,2006年創業のデジタルメディアBuzzFeed社の報道部門として2012年に出発した。

「このドレスは何色?」など話題や笑いを誘う記事を無料で配信し,FacebookやTwitterなどSNSの利用者間の共有で閲覧数を伸ばした。

一時は既存メディアを脅かす存在ともいわれ,各社のデジタル展開のモデルともなった。

調査報道も行い,2021年には中国・新疆ウイグル自治区のイスラム教徒収容所建設の報道でピュリツァー賞を受賞した。

BuzzFeed社は2015年に時価15億ドル(約2,000 億円)とも評価されたが,Facebookがアルゴリズムを変えてニュース記事配信の優先度を下げたことなどが影響し,閲覧数が激減。

広告収入も減って赤字が膨らみ,2021年末の株式公開後はIT不況もあって株価が大幅に下落し,株主からコスト削減を迫られていた。

BuzzFeed News編集長を2020年まで務めたベン・スミス氏は,SNSを紙面代わりに活用したデジタルニュースメディアの時代が終わったと述べ,New York Timesはベンチャー投資がデジタルメディアの成長を牽引した時代の終章だと伝えた。

アメリカではデジタル時代のベンチャーメディアの代表格ViceやVOXも厳しい経営状況に直面している。 

メディアの動き 2023年05月20日 (土)

【メディアの動き】ChatGPT対応で専門の作業部会を設置へ,EUデータ保護会議

EU(ヨーロッパ連合)加盟各国のデータ保護当局などで構成される「欧州データ保護会議」(EDPB)は4月13日,アメリカのベンチャー企業OpenAIが開発した対話式の生成AI,ChatGPTについて,専門の作業部会を設置すると発表した。

EDPBは,イタリアのデータ保護を担当する当局によるChatGPTに対する3月の禁止措置について協議したうえで,当局間で情報を交換し,協力して対応にあたるため,専門の作業部会の設置を決めたとしている。

イタリアでは3月31日,ChatGPTによる膨大な個人データの収集などが,個人情報の保護に関する法律に違反している疑いがあるとして,データ保護を担当する当局が,一時的に使用を禁止すると発表した。

ロイター通信によると,ChatGPTの使用禁止は欧米ではイタリアが初めてだ。

またある当局筋の話として,今回の作業部会設置は,ChatGPTを開発したOpenAIに影響のある処罰や規則の設置ではなく,透明性のある一般的な政策の策定が目的だとしている。

EU域内では,スペインやフランスで,データ保護機関が,ChatGPTにデータ保護違反がないか,調査を開始している。

ドイツでは,ジャーナリストも含む43の著作者団体が,ChatGPTの著作権侵害などへの脅威に対し,EUで審議中のAI規制法案の強化を求める動きなどがあるほか,生成AIで作成された架空の記事で,週刊誌編集長が解雇されるという問題も起きている。

イタリアでは4月28日,対策が講じられたことを受け,ChatGPTの禁止措置は解除されたが,当局は引き続き欧州データ保護規制の順守を求めている。

メディアの動き 2023年05月19日 (金)

【メディアの動き】韓国,KBS受信料の徴収方法を変更へ

韓国の大統領室は,公共放送KBSの受信料の徴収方法を変更することを決定し,今後,具体的な手続きを検討することになった。

KBSの受信料は,放送法により「テレビ受像機を所持している者」に支払い義務があり,1994 年からは,韓国電力が電気料金とともに徴収している。

ただ,放送を見ていなくても受信料の支払いが必要となるため,「視聴者の選択権を制限する不合理な制度ではないか」という声があり,大統領室では3月9日から1か月間,国民から賛否の意見を募集していた。

6万件弱の回答の結果は,分離徴収についての賛成意見が96.5%だった。

大統領室関係者は結果について,「国民の意思に従い,確実に制度を見直す」と述べている。

具体的には,韓国電力の受信料徴収業務を規定している放送法施行令の見直しが検討されている。

あわせて,規制監督機関の放送通信委員会も,受信料徴収制度の改善に向けた検討を進めることになった。

KBSは,分離徴収となれば受信料収入は半分以下に減り,徴収費用は2 倍以上に増えると予測している。

また,「国際放送,障害者向け放送,クラシック音楽放送などの公共サービスが縮小される」との懸念を示している。

野党の「共に民主党」も,「受信料を武器に公共放送を支配しようとしている」と政府を批判している。

KBSは40 年以上据え置かれた受信料の引き上げを求めており,2022 年10月には野党が放送法改正案を国会に提出していた。

そのさなかに分離徴収の議論が巻き起こったことで,公共メディアの将来像にいっそう注目が集まっている。

メディアの動き 2023年05月19日 (金)

【メディアの動き】英BBCシャープ理事長が辞任を表明

イギリスの公共放送BBCのシャープ理事長は,選任のプロセスで規定違反があったとの調査報告が出たことを受けて,辞任を表明した。

与党・保守党の大口献金者であるシャープ理事長は,旧知であるジョンソン首相(当時)のローンの保証人の手配に関与していたことが 1月に明らかになり,監督機関による調査が進められていた。

4月28日に公表された報告書は,シャープ氏がジョンソン氏に対し,理事長職に応募する意思があることや,ローンの保証人に名乗り出ている知人を内閣官房長に紹介することを事前に伝えていながら,選任にあたって当局に申告しなかったことは問題だとした。

また,シャープ氏が,任命権者であるジョンソン氏を支援したことが有利に働いたという印象を与える危険性があり,事実を申告しなかったことは規定違反にあたるとした。

また報告書はメディアに対し,政府が有力候補の氏名をリークすることで,ほかの候補者が応募を見送っている可能性を指摘し,候補者の多様性を損なうこうした行為も禁止するよう求めた。

報告書の公表を受けてシャープ氏は同日,「報告書は,違反は不注意によるものであり,任命を無効にするものでないとしている」としながらも,「BBCの利益を優先すべきだ。私が居続ければ,局のよい仕事に関心が向けられなくなる」と述べ,辞任を表明した。

BBC 理事会の要請によりシャープ氏は6月末まで職にとどまり,その後,政府による公募で新しい理事長が選出されるまで,理事から選ばれる暫定理事長が任務を行う見通し。

BBCのデイビー会長は「2 年の在職中,BBCの変革と成功に多大な貢献をした」と謝意を示した。

メディアの動き 2023年05月18日 (木)

NHKを巡る政策議論の最新動向①受信料制度 何が議論されているのか?【研究員の視点】#480

メディア研究部(メディア動向)村上圭子

はじめに

 総務省の「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会1) (以下、在り方検)」ではいま、NHKの将来像に関する議論が続けられています。直近の会合(公共放送ワーキンググループ、以下WG)2) では、受信料制度について踏み込んだ議論が行われました。このWGの後、「NHK受信料、スマホ所持でも徴収へ。有識者会議の意見一致」という内容がツイッターに投稿され、リツイートは約1.4万件、表示回数は2,300万回を超えています3) 。しかし、これはWGで議論されている内容とは大きく異なるものでした。実際にどんな議論だったのかは後述しますが、WGを傍聴していた私はとても驚きました。5月9日、オンライン上の情報のファクトチェック(事実の検証)を専門とする非営利組織「日本ファクトチェックセンター4) 」は、総務省にも問い合わせた上でこの内容は誤りであると発表しています5)

 現在の受信料制度は、テレビなど放送を受信できる設備を設置してNHKの放送を受信することができる環境にある世帯や事業者が、NHKと契約を締結し受信料を負担する義務を負うという制度です。逆にいえば、放送を受信できる設備を設置していない世帯や事業者には、受信料を負担する義務はない制度であるともいえます。WGでは、テレビを設置せずにパソコンやスマートフォン(以下、スマホ)を使ってインターネット(以下、ネット)経由でニュースやコンテンツに接触する人が増えていく中、NHKのネット活用業務や受信料制度は今後どうすべきかを中心に議論が行われています。
 こうした議論が行われていると聞くと、パソコンやスマホを持っているだけで受信料を払わなければならなくなるのか?とか、日本も受信設備の有無にかかわらず全世帯が負担するドイツのような制度6)になっていくのか?といった疑念や不安を抱かれる方もいると思います。また、国民・視聴者の負担をうんぬんする前に、NHKの業務内容や役割を見直す議論は十分行われているのか、という批判もあります。今回、誤った投稿が拡散してしまった背景には、こうした国民・視聴者の潜在的な疑念、不安、批判などがあったのではないかと推察しています。

 私は去年9月から始まったWGを全て傍聴していますが、丁寧かつ慎重な議論が行われていると感じてきました。一方で、専門性の高い論点が複雑に入り組んでいるため、議論の枠組みそのものがどこまで国民・視聴者に理解されているのか、また、議論の内容を報じるマスメディアが、当事者であるNHKだったり、そしてNHKと競争関係にあるという別な意味での当事者と言える民放や新聞だったりすることにより、議論の内容がどこまで客観的に伝わっているのか、懸念しています。
 文研ブログではこれまで、WGの第4回までの議論をフォローして整理してきました7)。文研はNHKの一組織ではありますが、メディア全体の動向をできるだけ俯瞰した上で今後を展望するという役割を担っています。NHKや受信料制度の今後というテーマについても例外ではなく、むしろより一層、その役割が問われるのではないかと私は考えます。第5回から直近の第7回までの会合では、今後のNHKや受信料制度に関する非常に重要な論点が議論されています。今回からこの3回分の議論をいくつかに分けて整理し、私なりにその意味を考えていきたいと思います。なお、議論を整理するにあたり、構成員の発言については、文脈をわかりやすく伝えるため、逐語的な引用ではなく私の解釈も含めて要約していることをあらかじめお断りしておきます。

1.議論の全体像

 図1はWGの資料と議事要旨 などをもとに8)、3回分の論点を簡略化してまとめたものです。①ネット時代における公共放送の役割、②ネット活用業務を中心としたNHKの業務範囲、③民間事業者(民放・新聞)との競争ルール、④財源・受信料制度、の順番で議論が行われてきました。これまでの議論の中で、構成員の意見がおおむね一致している論点もいくつかありますが、まだ議論が結論に至っているわけではありません。NHKには今後、これらの議論を受ける形で何らかの報告を行うことが求められていますし、また民放連からはWGの議論の進め方に対して、意見と10項目以上の質問9)が提出されています。こうした事業者サイドの意見や要望を踏まえ、WGでは改めてそれぞれの論点を振り返りながら再度議論を行い、夏頃にとりまとめを行うというスケジュールが想定されています。

<図1>

sheet1_fix2_murakami.png 本ブログではまず、直近の第7回の論点である④財源・受信料制度の議論について整理します。その上で、次回以降①~③の議論にさかのぼり、積み残されている課題を提示していきたいと思います。

2.提示された4方式→日本は引き続き受信料方式で合意

 2022年、フランスで受信料制度が廃止となりました。NHK職員の私にとっては衝撃的なニュースでしたが、一般にはどのくらいの方がご存じでしょうか。制度廃止後のフランスでは現在、2年間の暫定措置として付加価値税で公共放送の財源が賄われています。
 しかし、こうした受信料廃止の動きはフランスだけではありません。ヨーロッパでは2010年代から受信料制度を廃止する国が相次いでおり、フィンランド(2012年廃止)、スウェーデン(2019年廃止)、ノルウェー(2020年廃止)の公共放送は、いずれも税方式に切り替える形で運営が行われています。
 税方式の他、広告方式を採用している国も少なくありません。国によって様々な制限がかけられているものの、ドイツ、フランス、イタリア、カナダ、韓国などの公共放送のチャンネルでは広告が流れているのです。文研が毎年発行している「NHKデータブック世界の放送 2023」によれば、公共放送もしくは国営放送のある56か国中40か国で、何らかの広告方式が採用されてます10)。ただし、その大半は広告収入単独ではなく、広告方式と受信料方式、もしくは広告方式と税方式のハイブリッドでの運営となっています。
 このように、国内だけを見ていると公共放送と受信料制度は切っても切り離せない関係にあると捉えがちですが、海外では多様な形態がとられており、制度も大きく変化していることがわかります。

 さて、ここからがWGの議論についてです。WGではこうした海外の状況を踏まえ、日本における今後の公共放送の財源として受信料収入以外の方式が考えられるかどうかという論点が示され、視聴料収入、広告収入、税収入の方式が紹介され、その上で議論が行われました(図2)。

<図211)

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 議論では、全ての構成員から、日本は今後も受信料収入による方式を続けるべき、という意見が出されました。理由として、公共放送は特定の個人や団体の支配や影響を受けないことが重要とか、広告主や国家権力のほうを向かない安定的で自律的な言論情報機関として維持されることが大事、といったコメントが多くみられました。これらの内容と同趣旨の内容を示した、2017年の最高裁判決の内容12) を再確認する発言も複数ありました。また、宍戸常寿構成員は、現在の制度は、人々がテレビを持たないことで放送の受信者共同体に入らないという自由を確保することにつながっているとした上で、多様なメディアが多元的に活動する今の日本の状況においては、その自由を国家が認めないと判断しなければ、健全な言論空間が確保できない状況ではないと述べ、受信料制度の維持を強調しました。
 ただ、議論の中で、広告方式については、民放と競合しない国際放送に限り、検討の余地があるのではないか、との意見もありました。ちなみにイギリスのBBCは、国内での広告放送を禁じられていますが、海外では実施されています。また、NHKが広告放送を行うことを禁止する放送法13) の内容を厳密に解釈するがあまり、外部の動画サイト等にNHKのコンテンツを提供することが制約される事態が生じてしまうのであれば、見直しを検討していくことも必要では、との意見が複数ありました。

 視聴料(サブスクリプション)方式についても触れておきます。昨今、NHKの受信料を巡る国会審議やネット上の発言などでは、「スクランブル化14)」という言葉が用いられることが少なくありませんが、こちらの方式と同義です。WG事務局の報告では、この方式を採用している国の紹介がありませんでしたので、私のほうで、文研の海外メディア担当の研究員に聞いてみたり、改めて「データブック世界の放送」で調べたりしました。あくまでその範囲ではありますが、この方式を採用している国は見当たりませんでした。
 議論では3人の構成員から、この方式について、契約している人たちに向けて番組を作ることになることは公共放送にはなじまない、対価を支払う意思を表明する人が増えるようにコンテンツを提供するようになると公共放送の趣旨に沿わない、といった意見が出されました。それ以外の構成員からは特段の言及はありませんでしたが、日本においてもこの方式は取り得ないという前提で議論は進行していたように思います。
 なお、イギリスでは現在、受信許可料見直しに向けた議論が行われており、様々な費用負担方式を検討する中に、この視聴料(サブスクリプション)方式も入っています。WG事務局の資料15)によると、イギリスの上院通信・デジタル委員会がまとめたリポートには、この方式のみでの運営は、「収入が不足する上、国民の必要な情報へのアクセスに不公平な障壁を生むことになるため、推奨できない」と記されています。ただ、ハイブリッド(コアコンテンツを公的資金で、その他をサブスクリプションで運営する)方式については、「値上げなしに必要なサービスへのアクセスを担保できるが、“コア”の範囲などを精査して検討すべき」となっています。今後の日本の議論においても、費用負担のあり方を総論ではなく各論で整理していく際には、こうしたイギリスの議論の内容は大いに参考になると思いますので、引き続き、日本の議論と照らし合わせながら注目していきます。

3.テレビ非設置者の負担の在り方は?→アプリのインストールだけでなく意思の表明が前提に

 次にWG事務局が示した論点は、テレビを設置していない者に対しても、今後、何らかの受信料負担を求めるべきかどうか、というものでした。これが、冒頭に触れたSNS上の誤った投稿に関する論点です。実際はどういう議論だったのか、詳しくみていきます。
 
 まず、注意が必要なのは、この論点には、NHKが現在は任意業務で実施しているネット活用業務を必須業務化する場合、という前提があることです。このことについて少し説明しておきます。
 現在、放送法で定められているNHKの必須業務、つまり「実施しなければならない」業務は、国内放送、国際放送、放送に関する研究開発等の3つです。一方、ネット活用業務は任意業務、「実施することができる」業務です。そのため、NHKは毎年、どんな内容でどのくらいの予算を使うのかなどが記された実施基準を作成し、総務大臣に申請、認可を得なければなりません。中でも受信料を活用する業務の内容と規模については様々な認可要件があり、過大な費用にならないよう、現在は年間200億円を上限に業務が行われています。
 この上限200億円の受信料財源を負担しているのは、テレビを設置してNHKと受信契約を締結している視聴者です。そのこともあって、現在NHKが提供している地上放送の同時・見逃し配信の「NHKプラス」については、受信契約を締結している視聴者のみが利用できるサービスとなっているのです。

 こうして任意業務として行われてきたネット活用業務ですが、なぜ必須業務化が必要なのでしょうか。WG事務局からは、若者のテレビ離れや、ネット上でフェイクニュース、フィルターバブルなどの課題がある中、NHKはテレビだけでなくネットを通じても信頼ある情報を視聴者に届ける役割を担うべきであり、その役割に資する業務は「実施しなければならない」業務とすべきでは、との論点が提起されました。NHKも同様の認識を示し、テレビを設置しておらず「NHKプラス」を視聴できない人たちから、視聴を求める声があるという報告も行っています。こうした事務局の提起とNHKの認識を受けてWGで議論が進められ、これまでのところ、構成員たちからは必須業務化に対しおおむね賛成の意見が述べられてきました16)

 前提の説明が長くなりました。改めて確認しますと、もしもNHKのネット活用業務を必須業務化し、その業務を受信料収入で行うとなった場合、(これまで受信料を負担してこなかった)テレビを設置していない人たちの負担はどうあるべきか、というのが論点です。事務局からは参考情報として海外の下記の3例が示された上で議論が行われました(図3)。

<図317)> 

  • 1)  全ての者(世帯・事業所)が運営費用を負担<ドイツ型>
  • 2)  パソコンやスマホなどを保有する者が負担<かつてのドイツ型>
  • 3)  パソコンやスマホなどを保有し、公共放送を視聴できるアプリ・ サービスを利用しようとする者が負担<イギリス型>

 先に結論を言ってしまうと、SNS上の誤った投稿が拡散された、パソコンやスマホなどを保有する者(世帯・事業所)が受信料を負担しなければならないという、2)のモデルに賛同した構成員は1人もいませんでした。そして、大半の構成員が選択したのは、3)のイギリス型でした。ただ、1)の考えに近いとする構成員も2人いました。まず、3)の意見から整理しておきます。
 3)に賛同する構成員の多くが指摘したのが、チューナーで放送波を受信する専用機18)であるテレビと、ネットに接続する汎用機であるパソコン・スマホは等価ではない、ということでした。そのため、パソコンやスマホを持っているだけでは負担の義務が発生するということにはならず、さらにアプリをインストールするという行為をもってしても要件としては不十分ではないか、という意見が大半を占めました。インストール後、利用を開始するのに必要となる個人情報の入力や約款への同意など、より積極的に“アプリを使用する意思の表明”があってはじめて、“公共放送を受信できる環境にある”とみなされ、受信料を負担する義務が発生するのではないか、この方向に議論は収れんしていったと感じました。

 一方、1)のドイツ型に近いとする考えを示した2人のうちの1人、大谷和子構成員は、NHKを直接視聴していなくても、人々は何らかの形でNHKのコンテンツからの利便を受けていると考えられることから、本来望ましいのは全世帯が受信端末の保有の有無にかかわらず幅広く受信料を負担するべきではないかとの考えを示しました。ただ、この方式はこれまでの国内政策との連続性を欠くという認識も同時に述べ、個人的な思いはあまり強調しないようにしたいとして、3)への賛意を示しました。
 もう1人は内山隆構成員です。内山氏は、自らはドイツ型に近い考えであるとした上で、多様性・多元性の促進につながるような採算性の乏しいマイナーな内容が供給過小・断絶にならないために、伝送路を問わずNHKのコンテンツを届けられるようにすべきであること、またNHKは、いまは見ていなくても将来に必要とされる、いわゆる“オプション価値19)”的な存在であるとして、近視眼的に受益者と費用負担をつなげるべきではない、という意見を述べていました。

4.議論を通じて感じていること

 ここまでWGの第7回の議論を私なりに整理してまとめてきましたが、最後に傍聴して感じたことをいくつか述べておきます。

 各国で公共放送の財源を巡る制度改正や議論がある中、日本にとっての唯一の選択肢は受信料収入方式であることが改めて確認されたというのは前述のとおりです。しかし、構成員の1人がいみじくも発言していましたが、日本では視聴料、広告、税金の方式はとれない、だから受信料であるといった消去法的な議論に感じられた部分が気になりました。WGのような場で有識者が論理的に議論する法制度のあるべき姿と、負担の当事者となる国民・視聴者の納得感とのかい離は、もはや見過ごせないほどの状況になっていると感じています。国民・視聴者の中には、海外でも今のところ実際されていないとみられる視聴料(サブスクリプション)方式に対して、賛意もしくは関心を示しているということがその現実を表しています。こうした中、消去法ではなく積極的に受信料収入方式を選び取ってもらえるような状況を作り出していくのは、法制度の議論ではなく、公共放送NHK自身の取り組みにあると改めて感じました。

 NHK自身の取り組みが問われている、という点でもう1つ言及しておきたいことがあります。私には、WGの議論当初から疑問を感じていることがありました。それは、仮に制度改正がなされたとして、パソコン・スマホのみであってもNHKの番組を視聴したいという意思を持ち、受信料を負担してもいいと考える人たちは一体どのくらいいるのだろうか、ひいては、ネット活用業務の必須業務化という制度改正を行っても、受信料収入の安定化にどれだけ実効性があるのか、という疑問です。
 WGでは山本隆司構成員から、NHKがネット活用業務にも受信料制度を導入する際には、理解を徐々に得るように努めるプロセスを経るべきであり、視聴者の意思の介在を強く求める考えが適切ではないかという意見が示されました。それを聞き、感じてきた疑問が解消されると同時に、2015年からNHKが標ぼうしてきた公共メディアの具体的な姿がシビアに問われる時代がいよいよ来るのだと思いました。つまり、仮にパソコン・スマホのみでNHKを視聴する人にも“放送の受信者共同体”を支える一員となってもらうためには、テレビ設置者以上にNHK側の説明責任と、納得感を得られるような対話の場が必要となってきます。それができなければ、今後一層テレビ離れが進む中、受信料収入は安定するどころかこれまで以上に厳しい状況に陥っていくことは目に見えています。海外の状況、テクノロジーの進化、視聴者のメディア接触の状況、さらに在り方検で再三指摘されているデジタル情報空間の課題などを鑑みると、全世帯が何らかの形で等しく負担して公共放送を支えるモデルが合理的なようにも映ります。しかし、NHK側の姿勢が問われることなしに、そして国民・視聴者からの信頼なしに、日本においてはこうした議論は成立しない、そのことをこれまでのWGの議論はNHKに突きつけているともいえます。議論の傍聴を通じ、NHKの一職員としてもそのことを深く自覚しました。

 これまでの議論で十分に深まっていないと思われる論点についても指摘しておきます。
 第7回のWGの議論では、放送同時・見逃し配信であるNHKプラスが受信料負担の対象となるという想定で議論が行われていたように思います。ただ、現在のNHKプラスは一般の通信回線を使って提供するサービスであるため、30秒程度の遅れがあります。著作権や配信権などの関係で配信不可の番組や映像も存在し、画面には視聴できない旨を記す画面(通称”ふた”と呼ばれる)が表示され、視聴することができません。テレビのように録画機能を付加することもできません。そしてなによりNHKの単独サービスであり、アプリをインストールしても、テレビのようにNHKと共に民放の番組を視聴することはできません。つまり、放送波を受信するテレビよりも、提供されるサービスは劣る部分が多いのです。内山氏からは、NHKから受ける将来の便益を考慮しながら、その差に対しては価格面で配慮する、いわゆる“第三種価格差別20)”という考え方が理論上考えられるのではないかとの意見が述べられていました。こうした便益による価格差を考慮していくのか、それとも視聴の意思を示した段階で、テレビより劣るサービスが提供されるということを了解したとみなすのか。議論はまだ十分に深められていません。

 そして、こうした視聴者目線の論点とワンセットで考えていかなければならないのが、放送の同時・見逃し配信を放送法上どのような位置づけとするのかです。現在、放送に課されているユニバーサルサービス義務や、様々な規律についてどう考えていくのか。この論点は、在り方検の別な会合21)で検討が行われている、放送局で整備・維持するコストが割高なミニサテ・小規模中継局エリアの放送ネットワークをブロードバンド網で代替していくという施策にも通じるものです。この論点を、あくまでNHK単独で捉えていくのか、それとも、放送全体として捉えていくのか。
 これまで在り方検では、NHKについてはネット活用業務の必須業務化と受信料制度という観点から、ブロードバンド代替は放送局のコスト削減という観点から、それぞれ部分的に議論されています。しかし、在り方検も開始してもう1年半になろうとしています。通信と放送を一体の伝送路として捉えていく伝送路ニュートラル、経路独立といった考えが議論でも頻繁に示されている中で、本質的で統合的な議論を期待したいと思います。

 最後に、次回のブログにつながる論点を書いておきます。在り方検の問題意識として、喫緊の課題としてあげられているのは、デジタル情報空間におけるインフォメーションヘルスの確保です。NHKのネット展開には、日頃テレビを視聴しない人たち、もしくはテレビを設置していない人たちへの対応も期待されています。今後、仮にNHKプラスが制度的に視聴可能になったとして、それを能動的に視聴しようと考えないであろう人たちに対しても、何らかの便益を提供することが求められている、むしろそこをどうするかを、NHKも含めたメディア全体で考えることこそが、デジタル情報空間の課題を考える上では重要な論点だと私は考えています。

 NHKは現在、ネットサービスにおいて、課金モデルのNHKオンデマンドの他、今回述べてきた放送同時・見逃し配信であるNHKプラス、そして、テレビを設置しているいないにかかわらず、広く情報や番組の内容が届けられるよう、「NHKニュース・防災アプリ」の提供や「理解増進情報」という形で、ネットユーザーに見てもらいやすいコンテンツの開発・提供に取り組んでいます。こうした、受信料を負担しない人たちも含めた社会全体に対する便益を、受信料収入を使ってどこまで提供していくべきなのか(図4)。そのサービスは必須業務なのか任意業務のままでの実施なのか。民放や新聞など民間事業者との関係はどうあるべきなのか。
 次回のブログでは、WGの第5回、第6回の議論を整理しながら考えていきたいと思います。

<図4>

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  •   1.「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」
       https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/digital_hososeido/index.html
  •   2. 総務省・在り方検 公共放送WG第7回(2023年4月27日)
          https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/digital_hososeido/02ryutsu07_04000369.html
  •   3. 2023年5月9日現在
  •   4. https://factcheckcenter.jp/
  •   5. https://factcheckcenter.jp/n/n0f5b0ae12e5c
       また、メディアコンサルタントの境治氏は、SNSで誤情報が投稿された背景に対する分析をニュースレターに記している
          https://sakaiosamu.theletter.jp/posts/094bf610-eed1-11ed-ae01-1919e8d2cb52
  •   6. ドイツでは2013年に受信機の有無にかかわらず、全世帯から徴収を行う「放送負担金制度」が導入されている
  •   7.「これからの“放送”はどこに向かうのか?Vol.9」(『放送研究と調査』2023年3月号)では、公共放送WGの第4回までの議論を整理している
           https://www.nhk.or.jp/bunken/research/domestic/pdf/20230301_7.pdf
  •   8. 第7回は執筆時に議事要旨が公開されていなかったので、筆者自身のメモを参照
  •   9. 「NHKインターネット活用業務の検討に対する民放連の見解と質問」(2023年4月27日)https://www.soumu.go.jp/main_content/000878381.pdf
  • 10. 「NHKデータブック世界の放送 2023」https://www.nhk.or.jp/bunken/book/world/2023.html
  • 11.  総務省・在り方検 公共放送WG第7回事務局資料(2023年4月27日)P2より引用
  • 12.  最高裁判決(2017年12月)「NHKの事業運営の財源を受信料によって賄う仕組みは、特定の個人、団体又は国家機関等から財政面での支配や影響がNHKに及ばないようにし、現実にNHKの放送を受信するか 否かを問わず、受信設備を設置することによりNHKの放送を受信することのできる環境にある者に広く公平に負担を求めることによって、NHKがそれらの者ら全体により支えられる事業体であるべきことを示すもの。」
  • 13. 放送法第83条(広告放送の禁止)「協会は、他人の営業に関する広告を放送してはならない。」
  • 14. 放送電波を暗号化し、解読する装置がないとテレビを見られないようにすること
  • 15. https://www.soumu.go.jp/main_content/000880474.pdf P7-8
  • 16. 民放連、日本新聞協会からは必須業務化について異を唱える意見が出ており、すでに民放連からは第7回で意見書が提出されている。今後再度検討される予定
  • 17. 総務省・在り方検 公共放送WG第7回事務局資料 P16を参考に筆者が作成
  • 18. 現在はネットに接続可能なテレビ(コネクテッドTV)が主流であるため、厳密には専用端末とはいえないが、チューナー内蔵(外付けも含む)という点で、パソコンやスマホとは異なる
  • 19. 将来利用可能性を保持することから発生する価値のこと
  • 20. 年齢や性別等、消費者の特性によって異なった価格付けを行うこと。学割やシルバー割引、レディースデー割引など
  • 21. 総務省・在り方検「小規模中継局等のブロードバンド等による代替に関する作業チーム」https://www.soumu.go.jp/main_content/000795321.pdf

 

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村上圭子
報道局でディレクターとして『NHKスペシャル』『クローズアップ現代』等を担当後、ラジオセンターを経て2010年から現職。 インターネット時代のテレビ・放送の存在意義、地域メディアの今後、自治体の災害情報伝達について取材・研究を進める。民放とNHK、新聞と放送、通信と放送、マスメディアとネットメディア、都市と地方等の架橋となるような問題提起を行っていきたいと考えている。