文研ブログ

メディアの動き 2023年03月20日 (月)

#464 「復帰」51年目に沖縄のことを考える ~『放送メディア研究16号』発刊に関連して~

メディア研究部(番組研究) 高橋浩一郎

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 研究誌『放送メディア研究』の第16号が今月発刊されました。テーマは「沖縄 『復帰』50年」です。
 沖縄が日本に「復帰」して50年が経過した2022年は、年明け早々3年目となる新型コロナの第6波、2月にはロシアによるウクライナ侵攻、7月には安倍元首相銃撃事件など、その後に尾を引く出来事が次々と起こり、「復帰」報道はその中に埋もれてしまった印象があります。その中で、メディアは沖縄に関して何を伝え、そして何を伝えなかったのでしょうか。本ブログでは、内容の一部と取材・編集を通じて感じたことを交えながら、「復帰」51年目に沖縄について考えることが持つ意味合いを検討します。

沖縄と本土メディアの報道ギャップ

 本書では、テレビや新聞、ネット、出版物やアートなど幅広い領域を対象にし、沖縄と本土それぞれの「復帰」に関わる動向を扱っています。ここではテレビ番組の分析から明らかになった点を簡潔に述べます。
 全国向けのテレビ番組に関して「沖縄」に関する話題は調査対象期間(2022年1月~8月)を通じて、紀行、グルメ、バラエティー番組や、コロナ関連の報道など一定程度伝えられ続けました。その一方、「復帰」に関する報道になると、5月15日の復帰記念式典の当日周辺に集中的になされたものの、それを除くと一部の番組を除いてほとんどなされず、その傾向は特に民放キー局において顕著でした。他方で、沖縄のローカル放送に目を向けると、局によって多少の差はあるものの、NHK、民放を問わず、期間を通じて「復帰」に関するニュースや企画、特集番組が放送され、全国向けと沖縄ローカルの間に「復帰」報道に関する報道量と質において大きな差があることが確認されました。
 さらに日常的に報じられるニュースでも、安全保障に関わる沖縄の米軍基地問題について両者を比較すると、昨年4月の4週間に、4つのローカルニュース番組で報じられた項目が99なのに対し、7つの全国向け夜のニュース番組では4本でした。沖縄ローカルで報じられたものの全国では報じられないニュースには、台湾危機を背景に活発化する米軍の軍事演習の影響として、漁場付近での指定区域外訓練(4月7日・北谷町)や民間地上空でのオスプレイのつり下げ訓練(4月15日・宜野座村)などがありました。(後者については、すべての全国向けニュースの中でNHK『列島ニュース』のみ報じていました。)どのニュースを全国向けにするかという判断は各放送局の個別の番組に委ねられており、明確な共通基準があるわけではありません。しかし、こういったニュースが果たして沖縄ローカルの放送だけにとどまり、全国の人たちに知られないままでよいのか議論の余地があります。

全国に十分伝えられない命に関わる問題

 沖縄のローカル放送では活発に報道されるものの、全国向けニュースではあまり大きく取り上げられていない問題として、有機フッ素化学物PFASによる水汚染もあります。PFASは深刻な健康被害との関連が指摘されている有害物質です。県民の3分の1に当たる45万人の飲み水に長年混入していたことが2016年に県の企業局の記者会見で明らかになり、その後、米軍基地周辺で国の基準値を大きく超える濃度のPFASが次々と検出されました。基地内で使用される泡消火剤との関係が疑われていますが、日米地位協定のために米軍基地内への立ち入り調査ができず汚染源が特定されていません。
 本号では二人のジャーナリストNHK沖縄放送局の記者・解説委員の西銘むつみさんと、OTV沖縄テレビのキャスターの平良いずみさんの対談を掲載しています。沖縄と本土の間に立ちはだかる「壁」の存在や、それをどのようにして乗り越えるかなど、率直な意見が交わされた対談の中でもPFASについて語られました。PFASの水汚染問題を追ったドキュメンタリー『水どぅ宝』(FNSドキュメンタリー大賞、「地方の時代」映像祭の優秀賞など受賞)の制作のきっかけとなったご自身の体験を平良さんが語ってくださったときの言葉です。

平良ちょうど育休をとってて、まもなく1歳になるぐらいのときにPFASの問題が出て、「いやいやいや。産婦人科で赤ちゃんにミルク作るときに水道水で煮沸して飲ませろって言ったよね」って、もう何か震えが止まらなくなっちゃって。この怒りとこの不安をどこに向けたらいいんだろうと。

平良いずみさん(OTV沖縄テレビ) 平良いずみさん(OTV沖縄テレビ)

 大切な我が子にPFASが混入している水を飲ませていたことを知ったときの驚きと悔しさ、怒りはどれほどだったでしょうか。『水どぅ宝』の中には「自分たちが状況を変えていかなければ、子どもを守ることができない」という切迫した思いから市民運動を始める母親たちの姿が描かれますが、その思いは子育ての"当事者"の一人である平良さんご自身のものでもあります。

子どもたちが日常の中で感じていること

 また同じ対談で、2015年にNHKスペシャル『沖縄戦全記録』(日本新聞協会賞、ギャラクシー奨励賞受賞)を制作した西銘むつみさんは普段の生活の中でお子さんが次のようなことを言うのを聞いたといいます。

西銘長男が中学生だったのかな、野球部の練習が終わって着替えるときに「沖縄って基地があるから攻撃されるのかな。」野球ばっかりやっている子どもたちが、普通にそんな話をして、「お母さん、俺たち徴兵されるの?」とか言うんですよ。そういう感覚がわかるのが、記者にとってありがたいというか、子どもを見ることで自分がどんな言葉で報じていけばいいのかっていうことをすごく教えてもらえます。

 

西銘むつみさん(NHK沖縄放送局) 西銘むつみさん(NHK沖縄放送局)

 西銘さんは、ご自身の息子さんが戦争の影を不安に感じながら学校生活を送っていることを知って「自分がどんな言葉で報じていけばいいのか」教えてもらえたといいます。それは、どれだけ沖縄戦の教訓を伝えても、自分の子どもが感じている戦争の不安を払拭させることができない現実を突きつけられた瞬間だったのかもしれません。しかし、無力感や絶望にさいなまれる暇はないというように、西銘さんは「では、次にどう伝えたらいいのか」考える契機としてとらえ、きっかけを与えてくれた子どもの存在をありがたいと感じています。
 お二人の対談から、幼い子どもを健康に育てることや、子どもが安心して暮らすことさえままならない現実が沖縄にあることに思い至ります。それと同時に容易ではないけれど、これからを生きる子どもたちのために現実をよりよいものに変えていかなくてはというジャーナリストとしての気概を強く感じます。それは大上段からもの申すというより、当たり前の生活実感を大切にし、「おかしい」と思うことにちゃんと反応する姿勢から来るように思えました。

呼びかけにちゃんと応える

 私たちはともすると自分から距離のある物事に無関心でいたり、冷淡な態度を示したりしてしまいがちです。沖縄で起きていることをメディアが十分伝えない以上、本土に暮らす人々が「自分には関係ない」と思ってしまうのもある程度やむをえないことなのかもしれません。
 しかし、PFASによる水汚染は青森の三沢や山口の岩国、神奈川の厚木、横須賀、東京の横田周辺など広い地域で確認されています。ロシアによるウクライナ侵攻や台湾危機を受けて、日本の安全保障政策は十分な議論を経ずに大きく方針転換し、日々のニュースに接する私の子どもたちも戦争への不安を感じるようになっています。沖縄の出来事は、時間差をおいてこの国で暮らす人の身に等しく降りかかっていることに気づく必要があります。
 「自分や身近な子どもが沖縄にいたら」と想像し、自分にできる範囲で呼応することが、子どもたちの未来を預かる大人に求められています。本土に暮らす人々が「復帰」51年目に沖縄のことを知り、考え、行動することは、自分自身や自分の大切な人の未来を考えることにもつながっているのだと思います。

(*4月20日に『放送メディア研究16号』の全文が文研HPで公開される予定です。)