文研ブログ

メディアの動き 2021年01月15日 (金)

#292 まだまだ続く菅首相の苦行 ~コロナ禍は見えない有事~

放送文化研究所 島田敏男


 年明け早々の1月6日、アメリカの首都ワシントンでトランプ大統領の支持者たちが引き起こした連邦議会乱入事件は目を覆うばかり。合衆国の歴史に消えない汚点を残しました。

 新型コロナウイルスとの戦いの先頭に立つことを期待された超大国。しかし感染力の強さを軽く見て失敗し、選挙で再選を阻まれた大統領は、支持者を煽り民主主義の象徴である議事堂での乱暴狼藉へと向かわせました。期待とは全く裏腹の映像と音声が、世界中に失望を振りまいたのは確かです。

 かたや日本では、大みそかに東京都内で一気に1300人を超えるコロナウイルスの感染者が確認されました。東京、神奈川、埼玉、千葉の1都3県知事が松の内の2日から政府に緊急事態宣言の発出を迫り、わずかばかりの正月気分もこの時点で消えたと感じた人が多かったでしょう。

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 菅総理大臣は当初迷っていました。Go Toトラベルの継続にこだわり続けていた時と同様に、経済活動の停滞を避けたいという気配がありありでした。それが直後の急増に煽られて、7日に1都3県に緊急事態宣言を出しました。「後手後手批判」が出て当然の経過です。

 NHKの月例世論調査は、昨年4月以来2度目の緊急事態宣言が発出された直後の週末に行われました。その結果は、「菅内閣を支持する」40%、「支持しない」41%で、不支持が支持を上回りました。統計的には誤差の範囲内ですが、1ポイントとはいえ菅内閣の発足以来初めての逆転は象徴的です。

 さらに「1都3県の緊急事態宣言を出したタイミングをどう思いますか?」という質問に対しては、「遅すぎた」79%で圧倒的な数字です。

 政府は13日には、大阪、京都、兵庫、愛知、岐阜、福岡、栃木の7府県についても追加で緊急事態宣言を出しました。ただ、問題は2月7日までとしている宣言の期間内に事態が改善に向かうかです。

 同じ世論調査で、「今回の宣言は2月7日までに解除できると思いますか?」という問いに、「できると思う」はわずか6%、「できないと思う」が88%に上りました。

 感染症の専門家の多くが厳しい見立てを示し、それが各種メディアを通して国民に伝えられているのですから、国民の厳しい認識が調査結果に表れるのは当然のことでしょう。緊急事態宣言が出ても、昼間の人の動きが減らないといった問題点が指摘されたりもしています。経済活動を重視する政治リーダーの発想が、国民の間に「経済を動かすためならいいんだ」という気分を拡げている面も否定できません。

 国民に対するメッセージの発し方が、行動変容を促しもすれば阻みもする。菅総理にとって、そういう難題と向き合う苦行の毎日は、まだまだ続くと覚悟して臨む必要がありそうです。

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 ただ一方で、この「2月7日までには解除できないと思う」9割という数字を、悲観的なものとしてだけ受け止めるのは一面的ではないかと思います。

 過去1年の間に感染拡大の波が繰り返し押し寄せてくる現実にさらされ、国民の側にも経験の蓄積ができた面もあります。「ウイルスとの戦いは一朝一夕では勝利が見えてこないものだ」という基本的な理解が進んだと見ることもできるのではないでしょうか。

 こうした国民の側の冷静な受け止めを拠り所にしながら、感染の拡大阻止、重症者の減少につながる行動変容の要請を繰り返していく。菅総理が苦行を乗り越えるためには、国民に向けて誠実なメッセージを発し続け、信頼関係を築いていく以外に道はありません。

 そしてその上で、当面のコロナ対策として議論が本格化する特別措置法の改正も大きなポイントになると思います。政府は1月18日召集の通常国会で、事業者への財政支援と罰則をセットにした改正を目指しています。

 この特措法の改正については、NHK世論調査で「賛成」48%、「反対」33%という結果が出ました。基本的には皆が守るべきルールを尊重するために、一定の罰則(罰金のような)は止むを得ないという考えがやや多いように感じます。

 しかし、各種世論調査の中には「反対」の方が多いものもあります。質問の仕方にもよりますが、内容を吟味しなければ軽々に判断できない微妙な問題なのは確かです。

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 罰則を定めるということは国民の当然の権利=私権の制限を明確にするということです。この私権制限を国民の納得の無いまま行えば、強権発動の非難を浴びるのは当然です。

 国民の私権制限は、小泉内閣当時の2003年に成立した「有事関連法」(武力攻撃事態対処法など)の国会論戦でもテーマになりました。大議論になりましたが、国民を守るために自衛隊が行動するのに必要な制限に絞り、国民に対する重罰規程は設けないという方針の下で成立に至りました。

 新型コロナウイルスとの戦いも、広い意味での「有事」に他ならないと思います。

 武力を用いる軍事的な攻撃の場合は、人の身体や社会インフラを圧倒的な物理力で破壊する様が見え、音にも聞こえます。恐怖を体感します。

 これに対しウイルスの攻撃は、目に見えず、耳で聞くこともできません。
それだけリアリティーを実感しづらい敵です。それを乗り越えるには正確な情報に基づく私たちの想像力が大切で、その想像力の社会全体での共有が鍵を握ります。

 想像力の共有に失敗し、分断を深めるに至ったアメリカ社会と同じ轍を踏んではならないでしょう。

 日本社会が想像力の共有の上に合意形成を積み重ね、この新型ウイルスとの戦いという有事を乗り越えるまで慎重に行動しましょう。