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メディアの動き 2020年03月11日 (水)

#240 総務省・吉田眞人情報流通行政局長インタビュー③ ~「放送を巡る諸課題に関する検討会」今後の論点 - 災害対応・ローカル局・存在意義~

メディア研究部(メディア動向)村上圭子

総務省の吉田眞人情報流通行政局長へのインタビュー、今回は3回目、最終回です。前回は「これからの公共放送の在り方」について率直なご意見をお伺いしました。今回は、災害対応、ローカル局、そして放送メディアの存在意義についてです。

<災害時における放送の確保のあり方>

村上:3月4日から、「災害時における放送の確保の在り方」についての分科会が始まりました。国民の命を守るためのインフラ整備という観点からも、将来の放送ネットワークをどう考えるかという観点からも、個人的には非常に重要だと考えています。問題意識を教えてください。

吉田:地デジの時に整備したローカル局の共聴施設(※全国に約6000近くある、地域で費用を負担して建設している地デジ受信設備)がかなり老朽化していることが気になっています(図1)。災害時にこうしたインフラが適切に維持管理されていないが故に、災害情報が届かないことはあってはならないと考えています。

<図1>

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出典:諸課題検・災害情報分科会(3月4日)事務局資料より抜粋

また、災害時に重要だと繰り返し言われるラジオについて、スマホ全盛時代にどう対応するかも大きな課題です。スマホにはもともとFMチューナーが入っているものがあるので、これをいかにアクティベート(有効化)していけるか、ということも重要だと思っています。インフラと、少し上のレイヤーの端末のところまで、災害時に災害情報が国民に適切に届く体制を整備するには何をすればいいかを考えたいと思っています。

村上:具体的にはなんらかの支援策を、というイメージなのでしょうか。

吉田:そこまで直ちに現時点では申し上げられませんが、地方の老朽化した共聴施設全てを自力で何とかしてくださいと言えるかどうか。10年前に共聴施設を作った時には一定の利用者加入もあったけれど、それから人口が減っていき、例えば、かつては100世帯で費用を分担していたのが現在は10世帯になり負担は10倍になっている、これを今後も続けていくことは困難である、具体的にはこうした事情を抱えている施設は多いと思います。また、地デジの再放送だけを担う自治体系ケーブルテレビの伝送路の老朽化についても同様に考えなければならない課題だと思っています

村上:災害時に備えて、平時における地上放送ネットワークの老朽化対策の方策を考えることがこの分科会の1つの照準であるということがわかりました。では現在、民放ローカル局各局が所有する中継局についてはどうでしょうか。現在、送信機の更新時期を迎えており、地域によって中継局の数に大きな差があり、局によってはかなりの負担が生じ、経営を圧迫しています。

吉田:事情は承知していますが、こちらについては各局でご尽力をお願いしたいと思っています。この分科会はあくまで災害対応ということに絞った短期集中的な議論になります。

村上:では分科会の議論からは少し逸れるかもしれませんが、中長期的な伝送インフラに関することについて質問させてください。今後、地上放送ネットワーク全体をどう強靭化、更にどう高度化していくかを考えることは、放送政策、もしかすると放送を超える国の政策になるかもしれませんが極めて重要だと考えます。2018年にまとめられた諸課題検の第2次とりまとめには、中長期的な考え方として「既存の放送波による伝送に加え、FTTH、モバイル等の有効活用を含むネットワークの大きな変革について、適切に対応していく必要」があると示されています。この点については今後、親会等で議論をしていくことになるのでしょうか。

吉田:確かにインフラについての技術進歩はめまぐるしく、5Gやビヨンド5Gの6Gという議論もされています。5Gが全国津々浦々に普及するといった状況があれば、当然それを放送のインフラにも利用できないかという発想も出てくると思います。

村上:また現在、ブロードバンドのユニバーサルサービスの議論が総務省の検討会で行なわれていますよね。放送のインフラの議論として、どこかでこうした通信側の議論と接合させていくことも必要なのではないかと思うのですが。

吉田:先延ばしにするわけではないのですが、この種の技術進歩とサービスの関係を考える議論は、常に現実の普及度合いを見定めながら、それをどういう風に活用していくのかを走りながら考えていくということだと思っています特にブロードバンドのユニバーサルサービス議論は緒についたばかりですし、放送事業者はインフラのユーザー側になりますので、放送主導では議論できない問題ですですので、私自身のビジョンとしては、議論のロードマップを描くのはまだ難しいというのが正直なところです。 

<放送事業の基盤強化>

村上:2018年から開始された放送事業の基盤強化に関する分科会では、主にローカル局の将来について議論されていますが、前回の会合ではとりまとめに向けた目次案が示されました。この目次案には、半年前にまとめられたラジオの部分(※FM補完放送の普及に伴うAM放送制度の見直し)を除いては制度改正などの項目はなく、放送外事業のベストプラクティス集といった印象を受けました。これまでの分科会での議論では、地域において人口の減少が加速する中、従来型の県域免許制度や、それを前提とした基幹放送普及計画そのものの見直しも必要ではないか、との趣旨の発言もありました。このあたりはとりまとめには盛り込まれないのでしょうか。

吉田:基幹放送普及計画は放送を健全に普及発展させるための基本的な計画です。ですので、これが短期的にあまり大きく変動していくことは、放送の安定的な普及のためには望ましくないと思います。ただ、事業者側がこれから変革を行う際に、この計画があるからできないことがある、ということであれば、計画を変えることはもちろんできます。今の計画は、基本的にいわゆる“四波化政策”を反映する形になっていますが、実態としては地域によっては二波、三波のところもあるわけですから。

村上:私は、人口減少時代の地域社会におけるメディア最適化地図のようなものを誰かが考えていかなければ、この国の地域社会における民主主義の基盤が維持できないのではないかという危機意識があります。それを民が考えるのか、官が考えるのかはまだ整理がついていないのですが、単なる市場原理に委ねるだけでいいのか、という問題意識です。そうした意味でも基幹放送普及計画は、地上波に限ったものではありますが、唯一、国の政策として、メディアの全国配置を定めたものとしては大きな存在だと考えています。ですので、この計画について改めてどこかで議論をすることが必要だと思っているのですが。

吉田:私は演繹的なその絵の描き直しといったようなことは、あまり生産的でないと思っています。基本的には、その各地域、地域の放送事業者が、まさに帰納的に、自分たちの会社、自分たちの地域がどうしていきたいのかということを考えて、その上で、もしも基本計画に、つまり絵に反映できるのであれば、絵に反映できるようにすればいいというのが私の基本的な考えです。地域の放送事業者の要望が上がって来たその時に、村上さんが言うような本質的な議論ができればいいし、そこで十分に議論をし尽くすことが重要だと考えます。

<放送メディアの存在意義>

村上:局長は、放送サービスは「社会と文化の安定装置」である、というご持論をお持ちです。ただ、放送サービスはかなりたくさんの要素で構成されており、その諸要素が全く同じ形で今後も維持されることは不可能だと思います。では、局長は今後最も維持すべき、もしくは発展させていくべき要素は何だと考えていますか。

吉田:これを言うと、「それ以外の要素はいらないのか」となりそうなので慎重になりますが、誤解を恐れずに言うと、地上波のようなリニアの総合編成という要素はすごく大きいと思います。人間一人一人の関心のあり様や、情報収集の能力は、かなり限定的なもので、自分の関心の外縁にあるような事象や認識にさらっと触れるような情報を与えてくれ、しかもそれが自分だけにではなく、その社会を構成する多くの人々に同時に提供されるという、こうした伝統的な放送のあり様は、社会の一体性、安定性を保つためにすごく重要ではないかなと個人的には思っています。オンデマンド型にシフトしている時代であればあるほど、リニアの総合編成型のサービスは社会にとって非常に重要になってくると思います。

村上:ただそれを制度の下、つまり一定の規制を前提に提供していくのか、事業者が主体的に提供していくのかは別の話ですよね。

吉田:それはそうです。ただ、歴史的に日本は放送法の二元体制の下でそれなりにうまく機能してきたと思っています。今、国際的に見てソーシャルコンバ―ジェンス(社会統合・・・少数者も差別なく、対等な権利と責任を持って参加できる社会の形成)が非常に大きな問題になっています。日本はそのソーシャルコンバ―ジェンスが世界的に見るとまだかなり保たれている方だと思っていて、それは二元体制の下で地上放送が果たしてきた役割というのが大きいのではないかと思っています。ですので、今後も地上放送事業者には、そういう機能を引き続き果たしていってほしいと思っていますし、そのために様々な政策を組み立てていきたいと思っています。

村上:ありがとうございました。

いかがでしたでしょうか。吉田局長とはスタンスや意見の違いも少なくありませんでしたが、インタビューを通じて改めて、放送メディアと社会との密接な関わり、そこでの責任や存在意義を再認識しました。今後は、放送事業者や関係者といった当事者だけでなく、できるだけ多くの人々に、放送メディアの今後や、メディアの社会の関係について関心を持っていただけるような発信と、共に考えていけるような場を作っていければと思っています。