出演者リストとその主張

辻井博さん ◆竹田 美文(たけだ よしふみ)
 実践女子大学生活科学部教授
1935年生まれ
大阪大学医学部卒業。医学博士。
大阪大学微生物病研究所助教授、東京大学医科学研究所教授、京都大学医学部教授、国立国際医療センター研究所長、国立感染症研究所所長を経て、2001年より現職。
「感染症法」基本問題検討小委員会では委員長を務めた。
著書に「病原性大腸菌O157―いま何がわかっているのか」、共著書に「SARSは何を警告しているか」などがある。
感染症対策にどう取り組むか
BSE、SARS、トリ型インフルエンザと、新しく出現する感染症がわれわれの日常生活を脅かしている。これらの感染症の対策には、官・民・学がそれぞれの役割を十分に認識し、協力して当たらなければならない。
官の役割は危機管理対策である。危機管理対策とは“起こるとは予想できないことが起こったときの対策を、普段から考え、実施すること”である。危機管理対策が万全であれば、かりに感染症が侵入してきても、大きい流行が起こることはない。
民の役割は、普段から感染症に対する危機意識を十分に持っておくようにすることである。危機意識を持つということは、感染症をいたずらに怖がるのではなく、正しい知識に基づいた冷静な行動ができるよう心身の訓練を普段からしておくことである。
学の役割は、診断・治療・予防の研究をすることである。新しい感染症が出現した時、蓄積した知識を駆使して、迅速確実な診断法を開発し、治療薬を開発し、予防のためのワクチンを開発することである。
今後も新しい感染症が次々と出現することが予想できる。時には犠牲者が出ることも避けられないかもしれない。かつて、明治・大正・昭和の初期、感染症はわれわれの生活と生命を脅かした。今、対策を誤ると、かつての暗黒時代が再来するかもしれないと思うのは思い過ごしだろうか。

debater1 ◆加地 祥文(かじ よしふみ)
 厚生労働省健康局結核感染症課 感染症情報管理室室長
1954年生まれ
北海道大学獣医学部卒業。
1978年厚生省入省後、兵庫県保健環境部、厚生省生活衛生局、マレイシア保健省公衆衛生局(JICA専門家)、厚生労働省医薬局食品保健部を経て、2002年に健康局結核感染症課 感染症情報管理室室長に就任。SARS等の新興感染症の対策に最前線で携わっている。

debater2 ◆照屋 勝治(てるや かつじ)
 国立国際医療センター
 エイズ治療・研究開発センター専門外来医長
1967年生まれ
琉球大学医学部卒業。医学博士。専門は呼吸器、感染症。
琉球大学付属病院第一内科、国立療養所沖縄病院などを経て、1998年より国立国際医療センター エイズ治療・研究開発センターでHIV感染症および輸入感染症を中心とした感染症医療に携わる。
2003年、ベトナムでSARS制圧チームに加わる。
SARSという警鐘を真摯に受け止める態度が必要

昨年春に突如出現したSARSはまさに"SARSパニック”と呼ぶにふさわしい混乱を 医療現場にもたらしました。SARSは世界各地で主に院内感染という形で猛威をふる い、我々にこのような国際的感染症に対して現在の医療体制がいかに無防備であった か を思い知らせるとともに、感染症の脅威を改めて認識させるものであったと思いま す。
SARSの感染力や死亡者数などを他の疾患と単純に比較することによって、SARSの脅威 が過小評価されるならそれは間違いでしょう。SARSはこれまで人類が経験したことの ない全く新しいタイプの感染症であり、その事実に真正面から取り組み、これまで 以上に院内感染対策の底上げに努力することが、我々医療従事者の重大な責務である と考えています。
今後起こりうるSARS再来や新型インフルエンザ、バイオテロなどに対し、現在の感染症法によるシステムで臨機応変に対応できるのか不明な点もありますが、 はっきり していることは、現場の医療従事者はプロフェッショナルとして、いかなる局面にお いても 国民の生命を守る義務があり、恐怖感から義務を放棄するようなことは許されないと いうことです。
先のSARS流行では、SARS関連情報が毎日のようにインターネット上に溢れていました が、 臨床上有用な情報の多くは英語であり、多くの臨床医にとって多忙な日常診療の合間 に これらをチェックしていくことは、極めて難しいものでした。マンパワーの不足も深 刻でした。
流行期は昼夜を問わず、電話による問い合わせやSARS疑い患者が来院し、 これまでの通常業務に上乗せされる形でこれらの外来業務や夜間当直業務をせざるを 得ない状況でした。SARSの診療に当たった多くの医療施設では、これらの業務に対する報酬も 危険手当も支給されることはなく、医療従事者の使命感に頼っていたのが現状ではな かったかと推察します。
この医療現場の現状は現在でもほとんど改善されておらず、 SARSのような感染症の大規模な流行が起こった場合は、 現状の医療体制ではとても対応できないのではないかと危惧しています。
単なる医療面のみならず、一国の経済に大きな影響を与えうる国際感染症では、 情報公開のあり方や、人権の問題など簡単には解決できないさまざまな問題を包含し ています。
万全な対策をたてるためには、SARSという警鐘を真摯に受け止め、安全を人任せにす るのではなく、 国レベルで、地方自治体レベルで、そして国民一人一人が、 感染症の脅威をリアリティをもってとらえ、日本の感染症対策が今後どうあるべきか を考える必要がありそうです。


debater3 ◆光石 忠敬(みついし ただひろ)
 弁護士
1943年生まれ
東京大学法学部卒業。第二東京弁護士会所属。
日弁連人権擁護委員会特別委嘱委員、ハンセン病問題に関する検証会議委員、東京都精神医療審査会委員。脳死臨調参与、厚生省薬品安全性確保対策検討会委員、公衆衛生審議会専門委員、感染症法立法に関する基本問題検討小委員会委員などを務めた。専門は知的財産法・情報法。弁護士会等で医学・医療と人権、生命倫理に関する著作・講演活動も行っている
あなたや家族が感染症になったら
感染症の問題について考えるとき、最も大切なポイントは、不幸にして抱え込んだ病原体の脅威にさらされ、またその兆しのある一人一人の人間の問題であるということです。この点から目をそらすと、そういう不幸な人間から病原体を切り離し、問題を科学的に事務的に、もっと言えば無機的に処理し得るかのごとき錯覚を起こしてしまいます。そして、感染源は全て隔離するのが医学の立場で、医学と人権は二律背反の関係にある、といった考えが当然のごとく人々に受け入れられてしまうのです。日本には、ハンセン病やエイズという感染症で、そうした過ちを犯した惨憺たる歴史があります。私達は、そうした歴史から十分に学んで初めて、より良い道を見つけ出せるのではないでしょうか。しかし残念ながら、現在施行されている「感染症法」には、公衆衛生と人権とは対立するものである、という考えがあると思います。法律の制定直前に私は、基本問題検討小委員会の委員の一人として、強く問題提起しましたが、及びませんでした。公衆衛生は人権と対立するものではなく、人権が組み込まれているべきものだと思います。そして、国は人権を尊重するように、法律という枠組みではっきりと規定する必要があると思います。
人は病気であるなしに関わらず、憲法や国際人権規約で決められた「市民の権利」を持っています。例えば、そういう不幸な人間に対して、入院の手続きが行政によって行われ拘禁されると言う場合、「身体の自由と安全」という権利に直接関わってきます。また、医療に関して、患者の最善の医療を受ける権利、自己決定権やプライバシーといった権利があります。
SARSや鳥インフルエンザなど、新しい感染症が発生すると、感染からどう身を守るのか、と言った点がとかく強調されます。私は、まず私達1人1人がそういう不幸な人間であったらと言う視点から考えてみたいと思います。

debater3 ◆松田 正己(まつだ まさみ)
 静岡県立大学看護学部教授
1954年生まれ
東京大学大学院医学系研究科博士課程保健学専攻修了。保健学博士。
専門分野は、保健・医療システム学、国際保健学、地域看護学、生命倫理学。
タイ王立マヒドン大学アセアンPHC訓練センター研究員、公衆衛生学部客員教授、北イエメン国立結核研究所研究員(PHC)、結核予防会結核研究所国際研修科(WHO/JICA/厚生省 結核国際コース、WHO/CDC/厚生省 アジア地域・エイズ国際コース担当、科長)、ホンデュラス看護教育・派遣専門家(JICA)、米国ジョージタウン大学ケネディ倫理研究所客員研究員、英国サーレー大学欧州保健医学研究所客員教授、英国「Nursing ethics」誌編集顧問など、国際的に幅広く活動している。
感染症への備えが充分かと言われれば、今は、何とかやっている、という状況だと思います。「感染症予防医療法」ができ、対策と体制は、一応、形は整いつつありますが、このまま続くかは不透明です。
実態としては、地域の現場(保健所等)は、感染症の専任はなく、他業務との兼担です。このため、何か事件(感染)がおきれば、他の業務が止まってしまい、極端に言えば保健所が空になってしまう恐れがあります。障害者、精神衛生、高齢者、母子保健等の日常業務が止まってしまって良いのでしょうか。この5年間くらい、こうした状態の中で、現場の方が頑張ってきているが、そろそろ、バーンアウトしそうな状況かと思います。更に、同時多発で感染が広がった場合は、とても対処できないでしょう。日本には、米国のCDC(職員が5000人を越える巨大組織)のような、感染症のFBI的組織がないため、機動力がなく、中央からの支援体制がまだ弱いのではないかと思います。
また、これまで、大きな感染が広がらなかったのは、従来の世代がきれい好きの日本人の行動様式を身につけていたことに負っているかと思います。大阪のSARS騒動の時に、ご婦人が施設を拭き掃除していた姿が印象的でした。
しかし、若い世代は、この習慣を身につけていませんし、日本人はきれい好きというのは、もはや幻想に近く、これまでの日本人感に頼っていると、エイズのように、若者がコンドームを使わなくなり、感染者が増えているような事態が、感染症全般に起こる可能性があります。
今の日本の対策は、未だ専門家、行政中心のように思います。米国のように、住民主体、行動変容を計らないと、とても手に負えないのではないでしょうか。そうした住民主体の感染症対策は、日本の過去の結核対策など、実は、得意な分野であったはずです。その経験が忘れられているように思えます。
 
 
 
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