2012年02月02日 (木)
『名探偵ポワロ』新作の魅力(by 黒岩美香)
2月6日からの4日間、BSプレミアムに、アガサ・クリスティー原作の『名探偵ポワロ』が帰ってきます。いずれも日本初放送となる新作。何といっても注目はあの『オリエント急行の殺人』。
ここでは、各エピソードの魅力を、原作とドラマ版との関係や、主演のD.スーシェ氏のインタビューなどを交えお話ししたいと思います。
今回放送される作品は、1934年に発表された2作(『オリエント急行の殺人』と『三幕の殺人』)と1960年代に発表された2作(『複数の時計』『ハロウィーン・パーティー』)に大別されます。前2作は英米の古典的謎解きミステリーの“黄金時代”ともいわれる時期で、クリスティー自身、斬新なトリックで読者をあぜんとさせる作品(『オリエント~』もそのひとつ)を連発していた頃のものです。一方、残る2作は、世界的に価値観が大きく変化する時代のもの。既に70歳を超えていたにも関わらず、新たな時代の要素を取り込みながら、なおも謎解きミステリーの楽しさを味わえる作品を書き続けていた時期となります。
ポワロの活躍する小説は、1920年から1975年という、50年以上にわたって発表され続けてきたわけですから、クリスティー本人もその長い年月をポワロと共に歩み、進化し続けてきたことがうかがわれます。
一方、この『名探偵ポワロ』シリーズ自体も超長寿シリーズとなりました。イギリス本国で放送が始まったのが1989年。NHKでも翌1990年に初放送となっていますから、20年を超えて続いています。放送開始当初は、短編作品の映像化(45分もの)を中心に、ときおり長編(1時間半程度)を交えるスタイルでした。その後、徐々に長編が増え、近年は数年に1度、長編4本ずつを送り出すというスタイルが定着してきました(日本での放送の間隔が開いてしまうのも、こうした本国の事情などを反映してのことなのです)。
さて、感心してばかりもいられないので、日本での放送開始から22年目にお送りする『名探偵ポワロ』最新作エピソードの見どころの話に移りましょう。
今シーズンは、ポワロがなじみの人物と一緒に事件の調査に当たるという形式が多いのが特徴です。
『三幕の殺人』(2月6日<月>22時~)
1934に発表された原作は、江戸川乱歩がクリスティー作品のベスト8の一つに選んだり、推理小説好きで自ら『不連続殺人事件』という傑作をものにしている文豪・坂口安吾が“傑作”とするなど、知る人ぞ知る作品でした。
出席者が重なる、2つのパーティーで起きた、同じような毒殺事件が主題となり、どんな方法で殺したのか? なぜその人が殺されたのか? が追求される、オーソドックスな謎解きものとなっています。
ポワロと事件の謎を追うのは、古くからの友人で、最初の事件が起きたパーティーを主宰した人物でもある元俳優チャールズ・カートライトという人物。
探偵や警察役もやったことがあるからでしょうか、ポワロを先導するようなふるまいもなかなか堂にいった感じです。もちろん、そうはいっても大物俳優が、ちょいとその気になったぐらいではすぐ難問にあたるわけで、そんなところでは、ポワロが巧みに導いてあげる、といった展開も……。こうしたシチュエーションは珍しくもあり、ほほ笑ましいシーンとなっています。さらにこの2人に、カートライトと(歳の差を超えて)魅(ひ)かれあう若い女性=エッグも加わって調査は進められていくのですが……。
しかし、そうした、ある意味ほのぼのした展開の結果明かされた真実は、『~黄金の扉』で熊倉一雄さんが話されたように、苦いものとなります。
これは、ストーリー以上に俳優の演技のすばらしさ故ではあるのですが、さらに、日本語版の吹き替えがそれを魅力的にしています。特にカートライト役の佐々木勝彦さんが出色。佐々木さんは映画やドラマ出演の他、吹き替えの仕事も数多くこなされてきた方で、美しい低音で、抜群の説得力の持ち主。今なら『イサン』のオ・テソク役といえばピンとくるでしょうか? ともかく、ポワロ=熊倉さんとのやりとりは、シリーズ屈指といっていいかもしれません。
さて、この『名探偵ポワロ』シリーズは、短編時代から脚色の幅が広く、原作を読んでいるファンをも驚かせることがしばしばありました。しかし、本作は、かなり忠実なドラマ化といっていいでしょう。当然、主要人物の描き方や、細部の変更の仕方などはありますが、原作をそのまま生かした台詞などもかなりあり、エッセンスがきちんと押さえられた仕上がりです。長編を1時間半のドラマにするお手本のようにも感じました。
『複数の時計』(2月7日<火>22時~)
派遣秘書のシーラ・ウェッブが、見知らぬ人物から仕事の指名を受け指定の家に行くと、部屋には同じ時刻=4時13分を示したたくさんの時計と、男の死体が! しかも、間もなく現れたその家の住人である盲目の老婆は、何も依頼していないというのですが……?
何とも、ミステリーらしい、魅力的な出だしではないですか!
一方で、ドラマの冒頭には、海軍大尉で諜報機関MI6の一員であるコリン・レイスにまつわるスパイ事件も描かれます。こちらは、コリンにとっては自分の油断が恋人を死なせてしまったという厳しい出来事です。
いずれも、原作を踏襲したものなのですが、実は、かなりのアレンジがほどこされているのも事実。先述のように、『複数の時計』の原作は1963年、冷戦真っただ中の時代に発表されたものでした。ところが、このドラマ版の設定は、どうやら、ナチスが勢力を拡大していった第2次大戦前の時代のようです。それゆえ、スパイ事件の相手も様変わりしています。
考えてみれば、昨年BSプレミアムで放送した『SHERLOCK』のように、古い時代に書かれたものを現代の設定に置き換えるという例は、ドラマ・映画でよく見かけますが、このように、わざわざオリジナルより数十年も古い設定に置き換えるという例は珍しいかと……? 正確な理由はわかりませんが、やはり、ポワロには1920年代から1930年代といった時代がよく似合う……ということなのかも知れませんね?
本作でのポワロのパートナーは、コリン・レイス。ドラマ版では『ナイルに死す』でポワロの捜査を助けたレイス大佐の息子で、旧知の間柄という設定です。この設定はドラマ版のオリジナル。過去のエピソードとの連続性を持たせ、協力もスムーズに展開していきます。ここでのポワロは、過去の失敗を重ね合わせ、追い詰められたシーラを救おうともがくコリンを見守る叔父さんのような顔をみせます。
余談ですが、実はこの原作、アガサ・クリスティーがポワロの口を借りて、推理小説論を展開することでも有名な作品です。もちろん、ドラマ版で触れられることはありませんが、ただ、そこで語られるギャリイ・グレグソンというミステリー作家の名前は登場します。ある登場人物と関係するためなのですが、その作家についてのポワロの評価はどうなのか? 制作者の遊び心がかいま見える気がしますので、原作をお持ちの方は確認して見るのも一興かも?
さらに、そのグレグソンと共にもう一人、原作でもドラマ版でもポワロに語られる架空の推理作家がいます。
アリドニア・オリヴァ夫人です。
そして、本作では言葉だけでの登場だった彼女が、次のエピソードで登場するのです。
『ハロウィーン・パーティー』(2月8日<水>22時~)
推理小説家のオリヴァ夫人が招かれた田舎町のハロウィーン・パーティーで、“殺人を見たことがある”といいはった少女が死体で発見されます。オリヴァ夫人は友人のポワロを呼び出して、事件の真相に迫ろうとするのですが……。
ドラマ版では、第10シーズンの『ひらいたトランプ』で初登場し、昨年放送した『マギンティ夫人は死んだ』で再登場、そして今回と、どうやら1シーズンにつき1作のセミレギュラー的な存在となりました。推理作家でフィンランド人の探偵役を主人公にした人気シリーズを持っていること、リンゴ好きで非論理的・直感重視の思考等、個性の強い人物として原作に描かれたキャラクターを、ゾーイ・ワナメイカーが見事に実体化しています(吹き替えも、前回に引き続き、山本陽子さんが担当)。
ポワロとオリヴァ夫人が一緒に調査を進めるというわけではなく、ポワロが丹念に聞き込みを進めては、ときどき(体調を崩して横になっている)オリヴァ夫人のところで話し合うという形で、オーソドックスな展開となっています。
また、オリヴァ夫人だけでなく、本作と『三幕の殺人』には、これまた、ここ数シーズン、いくつかのエピソードで顔を見るようになったポワロの執事=ジョージも登場します。登場時間は短いですが、こうした再会も、レギュラーものの楽しさの一つですよね。
原作は1969年に発表された、クリスティー最晩年のものですが、『複数の時計』同様、第2次大戦前の設定に変更されていることを付け加えておきましょう。
さて、『ハロウィーン・パーティー』の小説が出た5年後に、クリスティーとポワロにとって、大きな出来事が起こります。映画『オリエント急行殺人事件』(1974年/監督は『12人の怒れる男』のシドニー・ルメット)の公開と世界的大ヒットがそれです。
ポワロ役のアルバート・フィニーをはじめ、ローレン・バコール、イングリッド・バーグマン、ジャクリーン・ビセット、アンソニー・パーキンス、ヴァネッサ・レッドグレーブ、ショーン・コネリー……と、まさに、当時の映画スターが大挙して出演した華やかな作品は、日本でも大当たり。恐らく、エルキュール・ポワロが日本で誰もが知る人物となったのは、このとき以来のことと考えられます。
そして、それから30年近くがたち、この『名探偵ポワロ』シリーズに、同じ原作になるエピソードが、ついに登場します。
『オリエント急行の殺人』(2月9日22時~)
このエピソードについては、説明不要でしょう。シリーズが始まった当初から本作がいつ作られるのかが取りざたされてきたといっても過言ではありません。
そしてそれは、当然、制作者や出演者にとっては相当なプレッシャーになったはずです。ポワロ役のスーシェ氏は、
「ポワロシリーズの中でもっとも有名な『オリエント急行の殺人』を作る、というのは、私がポワロを演じてきた20年の中で最も恐れていたことです」
と語っていました。
しかし、実際に仕上がった作品は、見事に“もう一つの”『オリエント急行の殺人』の映像化に成功したといっていいでしょう。特に、ストーリーを変えたり、奇をてらったようなことが行われているわけではありません。74年の映画版は“容疑者の聞き取り&クライマックスの謎解き=せりふによる説明が延々と続く”というこの手のミステリー映画の弱点を、きら星のごときスターをそろえることや、豪華な美術などによってクリアしていました。では今回はどうしたのか? それは、実際に見て判断していただくしかありませんが、ヒントとして、もう一度スーシェ氏の言葉を引用しておきましょう。
「今回のドラマ版は、映画のリメイクではなく、別の興味深く魅力的な角度からアプローチしています。より心理ドラマとしての要素を強く出しており、冒頭から今までにないポワロの一面が出てきます。」
出演者のリストを見ても、日本ではあまりなじみのない名前ばかりかも知れませんが、イギリスの実力派俳優ばかりです。アメリカの有名な俳優を持ってきたりしないところが、スタッフたちの意地を勝手に感じてしまいます。ともかく、原作のファンの方にも、映画版が好きだという方にも、おススメのエピソードです。
さて、最後に、シリーズの今後についても少し触れておきましょう。
詳しい方ならご存じかと思いますが、クリスティーのポワロ作品のうち、本シリーズで映像化されていない長編はあと4作だけとなりました。
そして、先ごろ、その長編4作に連作短編集を基にした1作を加えた計5作のドラマ制作が発表となりました。当然そこには、ポワロ最後の事件である『カーテン』の名前も……。
どうやら、ゴールが見えてきたようです。
もちろん、制作もまだ始まっておらず、日本での放送については全くの白紙ですが、一抹の寂しさを感じたのも確かでした。
そう考えると、『オリエント急行の殺人』をはじめとした今シーズンの4本は、シリーズの一つの到達点といえるかもしれません。いつも以上に力作がそろった『名探偵ポワロ』の新作を、ぜひともお見逃しなく!
「名探偵ポワロ」ホームページはこちらです。
☆「名探偵ポワロ」PR番組『BSプレミアム 黄金の扉』放送予定
BSプレミアム 2月3日(金)午後5:55~
BSプレミアム 2月4日(土)午後5:45~
BSプレミアム 2月5日(日)午前11:50~、午後11:40~
投稿時間:12:00 | カテゴリ:海外ドラマ
