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ドキュメンタリー
2017年08月10日

ノーナレーション・ドキュメンタリーの世界 「光棍児(こうこんじ) 中国 結婚できない男たち」~by李

今回の舞台は、西安(せいあん)から車で4時間ほど離れた甘粛省慶陽(かんしゅくしょうけいよう)地元のお見合いを取材していた時、村の道路脇にある民家の壁に大きく書かれた2つのスローガンを見かけました。
一つは、長年の風雨にさらされペンキがほとんど剥がれ落ちたもので、目を凝らしてようやく読めるその一句は「子供を少なく産んでこそ人生幸せ」でした。
一方、塗りたてのペンキがしたたり昼間の日差しを受け、文字の「紅」と背景の「白」が目をさすほどの照り返しを見せている、そこには「二人目を産ませる政策は素晴らしい」の文字が。
前者はいわゆる「一人っ子政策」の時代、後者は廃止された後の今の政策宣伝スローガンでした。

0820-daburu3.jpg左)「子供を少なく産んでこそ人生幸せ」
右)「二人目を産ませる政策は素晴らしい」

1979年に始まり、2015年で廃止になった「一人っ子政策」は、36年間にわたって中国社会に計り知れない影響を与えました。
その一つは男女の人口バランスの崩れ。中国社会科学院の報告によると、2020年には結婚適齢期の男性が女性より3000~4000万人も多く、そのうち1000万人を超える男性一生結婚できないという予測が出ています。

男性が結婚難に陥っている要因のひとつが価値観の激変です。農村部では改革開放以降に加速した出稼ぎに伴った人口流出と、市場経済がもたらした欲望むき出しの消費主義の大波にさらされ、村社会と精神世界の両方での空洞化が急速に進みました。

0820-dokushinotoko2.jpg取材も中盤にさしかかったある日の深夜2時頃、ホテルの窓の外から女性の悲鳴が聞こえてきて、目が覚めました。寝ぼけ眼でフロントに降りて事情を聞いてみると、なんでもホテルで不倫している夫を見つけた妻が発狂し号泣しているとのことでした。昔であれば、村中の人々が寝床から飛び起き、上着を羽織ることも忘れて、口々に夫を非難したり、女性をなだめたりするであろう光景は、今はなく、妻はただただホテルの中庭で泣き崩れ、その声が虚しく街の夜空にこだまするだけでした。

価値観のずれ、そして欲望に追いつかない現実番組内の見合いやデート、合コン露骨に交わされる男女の会話から、そのすれ違いを感じていただけると思います。撮影しながら、レイモンド・カーヴァーの小説『What We Talk About When We Talk About Love<愛について語るときに我々の語ること>』の言葉が脳裏に浮かぶばかりでした。0820-hatsude.jpg中国では近年、政府が伝統文化の回帰を呼びかけるキャンペーンを大々的に展開しています。しかし、そう都合よく回帰しないからこそ、文化は文化であり、伝統は伝統であります。

『論語』の「子罕篇しかんへん」の冒頭に「子、まれに利を言う」とありますが、今の中国社会は、「まれに利を言わず」です。かつて孔子は「礼を失えば、野に求め<社会や権力者が失った礼(モラル)を、素朴な民衆に求める>」と言いました。「野」もない今、どこに求めたらいいのでしょうか?


★放送予定→番組情報はこちら
ノーナレーション・ドキュメンタリーの世界 「光棍児(こうこんじ)  中国  結婚できない男たち」

【BS1】8月20日(午後10:00~10:49

李 忱(り しん)

【コラム執筆者】
李 忱(り しん)

映像制作会社・鐵磁石のディレクター。これまで中国に関するドキュメンタリー番組を多数制作。現在一緒に働いていてワクワクするアシスタントを募集中。