BSトピックス SPECIAL COLUMN (コラム)

番組知っ得情報

2014年04月26日

■番組知っ得情報■BS1スペシャル オシム73歳の闘い by 木村元彦

140426_4.jpgイビチャ・オシムさん(73歳)。ご存じ、サッカー日本代表の元監督です。2007年脳梗塞に倒れ、故郷サラエボに帰ったオシムさんの祖国での活動は、日本ではほとんど報じられていません。そんな「オシムの闘い」の一部始終を目撃してきた日本人がいます。『オシムの言葉』の著者・ノンフィクション作家の木村元彦(きむら・ゆきひこ)さんです。
今回のBS1スペシャルは、これまで木村さんが記録してきた映像と、W杯に向け動きだすオシムさんを取材。
祖国とサッカーを愛する男の“闘い”とは…。BSオンラインのために、木村さん自らがつづる取材時のエピソードを交えた“知っ得情報”。必見です!

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インタビューの手土産はアシマ夫人がお気に入りという日本製の包丁にした。ヨーロッパのものに比べても切れ味が抜群で料理がはかどるというのだ。包み紙を開けるなり、「ブラボー!」というアシマを横目に「何でこれを持ってきた?」とオシムが言った。ブラックなジョークがぶつけられる前兆だ。その前に「このロケが上手くいかなったら、これで僕が腹を切るんですよ」と言うと、ニコリと笑った。ハラキリ? そうか、そうか。「それならば、私も大きなリスクを冒して答えようじゃないか」これはジョークではなかった。
そこから紡ぎだされた「オシムの言葉」は自己抑制の塊のような彼から、初めて聞いた内心だった。

サッカーファンならば誰もが知るところだろう。ユーゴスラビア代表監督当時、ボスニア内戦で故郷サラエボに向けて軍事攻撃を続けるユーゴ人民軍に抗議し、ユーロ92を直前に代表監督を辞任するのだが、今まで当時のことは深くを語ろうとはしなかった。オシムは後難を恐れるのと同時に政治的な言動と取られることを危惧(きぐ)し、ときには冗談ですかし、ときには禅問答のような例えで煙にまいてきたのだ。しかし、カメラの前で堰(せき)を切ったように語りだした。

「君も知っている通り、あの戦争で私はどの立場にも距離を置いていた。しかし、自分の考えと違う行動は自分を裏切る結果となる。あのとき、私は監督として何か行動が必要だった。戦争反対の表明だ。命の危険、飢えの中、市民の意思に耳を貸さない訳(わけ)にはいかなかった。私は実は選手たちがボイコットしてくれないかと思っていた。そうすればその行動の余波が世界に広がり、注目されただろう。しかし、予選も突破し本大会に行ける選手たちに出場するなとは言えなかった。行動に出られなかった事は今思えば恥ずかしい。チームにとって被害が最小なのは私が辞任する事だった」

オシムは選手がボイコットしてくれないかとさえ思っていたという。インタビューの最中、リスクを冒した発言は尚(なお)も続いた。
日本代表監督に就任しながら、志半ばで脳梗塞に倒れ、故郷ボスニアに帰ってから、彼はどう生きて来たのか。ボスニア・ヘルツェゴビナが建国後初めてのワールドカップ出場を決めた。この快挙の裏側にはオシムの献身があった。2011年4月にボスニアはFIFAの加盟資格を取り消され、サッカーにおけるすべてのカテゴリーで国際大会への出場を停止させられていた。当時、ボスニアのサッカー協会は、民族対立からムスリム系、セルビア系、クロアチア系の3民族からそれぞれ会長が立つという異常な事態が続いていたからだ。

いかにしてオシムは祖国を団結させブラジル大会に導いたのか。不自由な身体で国連も欧州議会もなしえなかった偉業を成し遂げた。放送日にちょうど73歳を迎える名将にW杯予選から密着し、知られざる闘いを追った。


★放送予定
BS1スペシャル「オシム73歳の闘い」
BS1  5月6日(火)午後10:00~10:49

木村元彦(きむら・ゆきひこ)

【コラム執筆者】
木村元彦(きむら・ゆきひこ)

1962年生まれ。ノンフィクション作家、ジャーナリスト。アジアや東欧を中心に、スポーツ人物論や先住民族問題を専門に、テレビや雑誌でレポートを発表してきた。サッカーと旧ユーゴスラビア情勢を織り交ぜた『誇り』『悪者見参』『オシムの言葉』は「旧ユーゴサッカー三部作」と称されている。ミズノスポーツライター賞の審査で村上龍が「最優秀賞の上に超が付く」と激賞した『オシムの言葉』は40万部を超えるベストセラーになった。

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