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べっぴんさんクリップvol.7 忠さんと喜代さん 「あなたがいれば」の安心感。忠さんと喜代さん 坂東家に温かみを添えてくれる、忠一郎と喜代というふたりの存在。いてくれるだけでホッとする、そんなふたりにクローズアップ。

忠さんは、芝居のロマンやなかろうか。 井口 忠一郎 忠さんVOICE 曽我廼家 文童さん

“朝ドラ”が懐石料理なのだとしたら、僕はだしのような存在でいたい。かつおだしか、昆布だしか、はらわたを抜いたじゃこなのか。その料理ごとに合う、ほっとする味わいであればいいなぁと思うわけです。

転ぶたびに「ここはどこや?私は誰?」なんて言う人間を僕は聞いたことがないから、これはなかなか難しいなぁと思いますが、これこそお芝居のロマンや夢といいますか。もしかするとこういう人間もいるかもしれないという、紙一重のところで表現できればよいと思ってます。

曽我廼家 文童さん

それにしても不思議なのが、五十八という旦那さんとの関係ですなぁ。血縁のない僕を、家さえも失いながらどうしてそばに置いて面倒を見てくれるのか。「親子は一世、夫婦は二世、主従は三世」と言いますから、そのくらい深いつながりがあるのかもしれません。まぁ、人間の縁なんていうのは理屈じゃないですからね、ふたりを眺めていて腑(ふ)に落ちる関係になるといい。
忠一郎がいると思わずほほ笑みが出るような、ほっとけない人間味が出せたらよいなぁと思うわけです。

「はぁい、なんですの?」が似合うひと。佐藤 喜代 喜代さんVOICE 宮田 圭子さん

喜代という人は、すみれお嬢さまが幼いころはとても純朴に、一途(いちず)な気持ちで坂東家にお仕えしていたと思うんです。
「それはあきません」なんて言いながらも、すみれお嬢さまの
ふわーっとした世界に、つい引き込まれてしまうようなところがある。それが、母となってからのすみれの苦労を間近に見ているうちに、喜代なりに変化して、成長するような気がしています。

宮田 圭子さん

喜代には、柔らかくいろんなものを受け入れられる優しさがあります。それは単なる物言いだけじゃなく、すみれとゆりというお嬢さまが好きで、その前にはなさんをいとおしく思い、五十八さんをどれだけ尊敬しているか。そこを自分の中でしっかり持っていれば、自然と優しさがにじんでくるのかなと思うんです。

第1週で、小さなすみれお嬢さまが靴店「あさや」に行きたいと口にしようとするとき、喜代は「はぁい、なんですの?」って言うんですね。そういう思いを、いつも持っている人です。いつでも人に耳を傾けて、何ですか?って聞いてあげようとする。そういう喜代さんでありたいなぁと思うんです。

演出目線 チーフ演出 梛川善郎 大阪・神戸を思う、におい立つ存在感。

おそらく、若き五十八が大阪で商いを始めたころに知り合ったのが、忠さんだと思うんですよ。夜鳴きうどんでもすすりながら、「わしは大阪で一旗あげるんや!」なんて叫ぶ五十八のそばに、「この男はおもろいなぁ」とほほ笑む忠さんがいつもいたんじゃないかと。
だけど忠さんは仕事ができるタイプでもなくて、五十八の計らいで坂東家の執事になった……というのが僕の設定です。あの大きなお屋敷で働くことは、彼の人生にハマっていない出来事とでもいうか。そんな想定から、執事時代の衣装をあえてぶかぶかにしています。

「ここはどこや?」のお芝居では、「どうやったらええんやろなぁ」と言いつつ、文童さんはものすごい勢いで転んでくださいました。
セリフや間といった技だけでなく、思いの強さが人に笑いをもたらすことを身体(からだ)で示していただいている。喜劇人の血に、頭が下がるばかりです。

曽我廼家 文童さん 生瀬 勝久さん
宮田 圭子さん 芳根 京子さん

忠さんがいわゆる大阪の人なら、喜代さんは神戸の人です。
それは、神戸生まれの神戸育ちである、宮田圭子さんがかもしだす雰囲気のおかげ。喜代さんが画面にいてくれるだけで、たおやかな上品さと神戸のにおいが出るんですね。
はなを早くに亡くしたすみれにとって、喜代さんは母性を受け継ぐ存在です。喜代さんがいるから、すみれは安心して何かに打ち込める。
芳根さんがはじめて第1週を見たときに、「すみれにとって、喜代さんと忠さんってとても心強い、大切な存在なんだって改めて思いました」と言っていましたが、絶大なるパワーを秘めた、影なる母のような存在だと思います。