FILE092:「ドストエフスキーより愛をこめて」
2009年11月17日放送
亀山郁夫(ロシア文学)
ロシア文学者にして東京外国語大学学長の亀山郁夫が登場。亀山が新たに翻訳したドフトエフスキーの『罪と罰』『カラマーゾフの兄弟』は、現在100万部を超えるベストセラーとなっている。
なぜ今、ドフトエフスキーなのか。そこには、現代の日本社会との驚くべき符合があると亀山はいう。「誰でもよかった」と言って人が人を殺し、いじめや犯罪があっても黙って見過ごす。ネット上に広がる空漠とした世界と、そのなかで全能感を抱く人間・・。
現代社会の歪んだ人間像、さまざまな悪の在り方を、すでに19世紀、ドストエフスキーが余すところなく描き切っているのだと。 罪とは、罰とは、救いとは何か?
「今、ひとりひとりの読者が、読書を通して、救いの処方箋を探し出すべき時代がきている」と説くドストエフスキー研究の第一人者・亀山と爆笑問題が、ロシア料理店でウオッカ片手に、徹底的に語り尽くす!
亀山郁夫(かめやまいくお)
今回の対戦内容
亀山郁夫(かめやまいくお)/爆笑問題(太田/田中)
亀山:救いってあるんだなって感じしました。その時から何か自分にとっての大地という観念は、正直になるというか、自分の心を開くんだと。
太田:ああ、そうか。
亀山:どんなことがあっても、最終的には自分を開けばいいんだっていう、そういうふうなね。
太田:最終的に大地にキスをさせたドストエフスキーは、「いや、そうじゃない。やっぱりつながれ、ここは断ち切ったらそれはもう生きていけないんだ」と。そのまま宇宙空間にポンと放り出されるようなもので。そうじゃなくて、「大地につながれ」っていうメッセージだとすると、そこで読者は、あ、やっぱりつながっているんだっていうことで安心を得るとするならば、すごく分かるんです、その気持ち。
亀山:うん。
太田:おれが一番、今生きてきた中で一番安心出来ていた時代っていうのは、やっぱり母親の下で育っている子どもの頃ですよ。どこかそこを求めているんですよ、我々は。
亀山:うん、うん。
太田:で、そこに戻りたいと思っているんだけど、とてもそうはなれないのも知っている。だったら、離れちゃおうかと。つまり、離れて平気になりたいんですよ。だから断ち切ろうとするんだと思うのね、そのつながりを。でも、はたして幸せなのかっていったら、それは断ち切っているわけだから、それほどの孤独はないと思う。
田中:うん、そうだね。
太田:それをドストエフスキーは、「だからやっぱりつながるしかないんだよ」って言っているんだとすれば、おれはそこにすごく共感する。でも、今の。
亀山:それなんだと思う。それなんです。でね、断ち切って、断ち切られることの孤独とか恐怖を経験している段階ならね、まだ救いがあるんです。
しかし、母親の記憶もない、母親の愛情の記憶もない、としたら、その人間はどこに行くことになりますか。僕はそれが今、本当に確実に増えてきていると思う。
田中:なるほどね。なるほどね。
太田:うーん。
亀山:そして、ドストエフスキー文学の中の最大のテーマというのは、「黙過」っていうテーマだと思っているんですね。黙過っていうのは、要するに黙って見過ごすこと。誰がどこで何が行われようと、例えばそこでいじめがあろうと、誰かがそこで殺されようとしようが、どんなにかわいそうな人がいても、黙って見過ごしてしまうという。それを黙って見過ごすならばいいけれども、他人の死を願望するというね、そこまで踏み込んだ黙過ってあると思うんですよ。
先生の対戦感想
亀山郁夫(かめやまいくお)
非常に楽しかったし、表現者としての自負っていうのが強くあったのが、本当に素晴しい。
ドストエフスキーの救いの理念に対して、よりポジティブなものを見つめて、自分のなかにあるものを見つめて生きてかなきゃだめなんだっていう、その言葉が非常に印象的で、僕もちょっとドストエフスキーの意味をもう少しね、別の面から考え直さなければいけないかなって思いました。
ロシアって、ひょっとすると2人にとって未知の世界だったのかもしれないんだけど、ロシアを経験することによって、また彼らの芸術が深みと広がりと高さとね、躍動感に満ちるといいなと思いました。
あと、マリヤさん(注:撮影場所となったロシア料理店の従業員)に圧倒されていたんじゃないのかな?マリヤさんに恋をしたんじゃないかなと・・・(笑)。
おまけ・・・マリヤ・コワリョワさん感想
とても楽しかった。
(爆笑問題の二人は)来た時はあまり元気なかったね。だんだん何か元気になっちゃった。
先生の声で、先生の言葉で、こころ温かくなっちゃった。ありがとうね。
爆笑問題の対戦感想
田中:すごく楽しかったし、先生自体もすごく楽しそうだったよね。お酒のせいなのかどうかわからないけど・・・。でも、先生が新しく訳されていて、話を聞いたら、なるほどって思った。きっと多分思っているよりも親しみやすいものなんだなって。今度読んでみようかな。
太田:やっぱり優れている文学っていうのは、ある種未来を言い当てている部分と、変わっていない、要するに何百年たっても変わっていないことっていうのを、表現出来ているっていうのは、本当にすごいなと思うよな。逆に、ここが変わっていますっていうのは表現しやすいから。人間の、ここは変わらないだろうっていうところを表現しているところのすごさみたいなところがあって。すごく楽しかったし・・・ちょっと酒がまわってきちゃったかな・・・・。
ディレクター観戦後記
今回の取材を始めるにあたって、まず、ドストエフスキーを再読しました。
大学時代に『罪と罰』をどうにかこうにか読み終え、『カラマーゾフの兄弟』に至っては、序盤の修道院での家族の会食シーンあたりで頓挫してしまった不肖の身としては、少々不安を感じながら、ページを開いてみると・・・
番組のなかで太田さんも話していましたが、「何これ、サスペンス!?」と思うほど、めくるめくような世界が広がっていたのです。
まさに亀山先生が仰るところの“大地”を、私はドストエフスキーの文章と、その余白から、その行間から感じました。
どこに話が展開していくのかわからなくなるような長い長い登場人物たちのエピソードも、だんだん、「もっと、もっともっと私を揺さぶって!もっと!」と思えるほど。
それはまるでロシアの大地のうねり・・・、ときに激しく、ときに厳しく、ときに寛容に、読者を運んでいくドストエフスキーのその筆致に、私はすっかり心を奪われてしまったのでした。
もちろん、読んだことのない方には上記の文章もさっぱり意味がわからないかと思いますが、そんな方には、ドストエフスキーのこの一言を・・・。
「小説をお読みになれば、おのずからわかることですよ」と――。
『カラマーゾフの兄弟』序文より
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