過去放送記録

FILE049:「愛の政治学入門」

2008年9月30日放送

 


姜尚中(政治学)

人々の政治離れが言われて久しい現代。まして政治学というと難解で抽象的、一般の人には縁遠いと思われている−。
そんな状況に対し、政治学者・姜尚中(かんさんじゅん)は現代こそ政治学がもっとも必要な時代であると叫ぶ。姜が提唱するのは全く新しい政治学だ。その極意は、政治を、政治家や国家の営みだけに限定するのではなく、恋や友情など一人一人の身近な人間関係、つまり「自己と他者のつながり」そのものに求めるという考え方にある。従って、姜の政治学とは、政治理論やデータ分析を主とする堅い学問ではなく、誰にもかかわりのある柔らかで温かな、いわば“愛の政治学”になる。
姜は、今年6月に起きた秋葉原の通り魔事件の深層を、孤独だった自分自身の過去と照らし合わせながら読み解き、そこに政治が欠けていたことを指摘する。対する爆笑問題の太田光は、自身にふりかかったインターネットの殺害予告事件についての思いを激白する。
いかにして自己と他者のつながりとしての政治を回復するか、気鋭の政治学者と爆笑問題が論じあう。

姜尚中(かんさんじゅん)
東京大学大学院情報学環教授。政治学・政治思想史。現代アジア外交問題等についてメディアで積極的に発言する。著書に『ナショナリズムの克服』『在日』『愛国の作法』『デモクラシーの冒険』『悩む力』など多数。

今回の対戦内容

姜尚中(かんさんじゅん)/爆笑問題


姜:一番大切なことは、彼らは社会とつながりたいんだ。つながりたい。
田中:そうですよね。実際リアクションがないってことで、当然ノーリアクション、無視されている、疎外感っていうふうになっちゃうわけだけど、そこで想像力を働かせて、実は届いているんだって。
太田:やっぱりそれはね、それこそ恋愛だったり、やっぱりコミュニケーションなんですよね、人間同士の。で、そうすると、あいつの悪口を、例えば友達同士でも親友だと思っていたやつが、こいつは何でも言えると思って、僕なんかもそうですよ。何でも言えると思っていたら。
田中:調子に乗って言うと。
太田:こっちがボロボロになっちゃったみたいなことってね。自分の言葉は届かない、届かないと思っていると、後でひどい目に遭うぞと。全部届いて、相手がこけちゃう時があるんだっていうこともやっぱりそれは経験だと思うし、人を傷つけた経験とか。
姜:だから例えばアキバの事件では、おれは不細工だと。おれは女の子にもてないと。そんなことを思っている人間はたくさんいるし。僕だって高校時代は誰も友人がいない、恋人もいない。おれはかすじゃないかと自分で思った時もあったし。

先生の対戦感想

姜尚中(かんさんじゅん)


いやあ、僕にとっては楽しかったです。楽しいと同時に、意外とって言うとお二人に失礼にあたるけども、人間洞察が非常に深いし鋭い。またある意味では、政治学という狭い範囲にとらわれずに、やっぱり今の私たちの社会の中のこの人の有り様、それから人と人との関係の根幹にあるものについての問題提起をたくさん受けて良かったです。
太田さんの言葉の中で非常に印象深かったのは、国家というものがいわば怪物のように本来そこに寄り添うべき存在が怪物になった場合に、収拾がつかなくなると。これはやっぱり重要な指摘だと思いますね。ですから、今、社会が非常に病んでいる。その中でみんなが病気な時に、自分だけが病気でないということはあり得ないから、それでも誰かがこれは病気だと言うとしたらどうやったら可能なのか、これ非常に難しい問いですよね。社会の内側にいて、しかも外側にいるような、その二重性をやっぱり引き受けなきゃいけない。学問というのも本来そういうものだったと思うんです。何か外側だけから岡目八目で観察しているんじゃなくて、政治学っていうのはまさしく最も人間のそういう側面にかかわる学問なわけだから。だからそういうことを今日お話の中で問題意識として何か感じましたね。とても良かったと思います。

爆笑問題の対戦感想

田中:さすが姜さんというか、あのいでたちと落ち着いたトーンで、冷静でね。太田がこんなに静かだった回も珍しかったぐらい。毎回どこかでちょっとこう言い合い的な、バトルっぽい感じになる瞬間があって。今日はすごくスマートな感じでね。まあ言っている内容が食い違わなかったっていうことなんでしょうけど。何か魔法にかかるみたいなところがありますよね。
太田:やっぱり姜さんは、おれなんかがワーッと言っていても、ふんふんって聞いてじっくり考えるっていうタイプの人だからね。で、またこっちが言ったことを受け入れる人だから。それと、共通する部分も多かったと思うよね。それは“交わる”っていうことでしょうね。他人同士が交わってコミュニケーションっていうのは、政治に限らず、基本でしょう。学問でも何でも。伝えてリアクションして、それに対してこっち側が何か言うっていうことの繰り返し。だからまあそれは本当に、言葉っていうのを頼りに政治でもお笑いでも学者でも。で、やっぱり普通の人でも、その基本は変わらないからね。だからどこまで行ってもやっぱり、表現っていうのは何なんだっていうことなんじゃないかと思うんだけどね。
田中:収録が終わってから、先生がみんなで政治について議論する「多事争論カフェ」みたいなものをやろうよとおっしゃっていたね。
太田:カフェがどうかは別にして、例えばこの番組だとか、僕らがやっているような番組は、割とそういうふうにしたいと思ってやっているものが多いので。何か楽しいよね、そうやって人のいろいろ交流っていうのは。それを見ている人がそれをきっかけに何かね。

ディレクター観戦後記

今回、姜先生は従来の「政治」への通念を、ある意味180度転回してしまったように思います。「政治」は国会や選挙の中にだけあるのではなく、みんなの隣にいる家族や友人、恋人との関係そのものに宿っているというのです。そしてもし誰かの隣に誰もいないとすれば、それもまた「政治」の問題なのだ、と。
いっぽう、ミシェル・フーコーというフランスの哲学者は「生政治」という概念を提唱しました。現代社会においては政治が国会や選挙や法律などの大きな制度としてだけではなく、個々人の生、つまり日々の生活や、健康やセクシュアリティ、また倫理や感情といった心の内面といった微細なレベルに入り込み規律していく。ひとりひとりの生がそのまま政治の対象となるということです。これはひとつの説ですが、姜先生の主張とも表裏をなしているような気がします。
だからこそ、「生政治」に対して、ひとりひとりが自分の生の政治性を認識し他者にかかわっていく智恵とする「愛の政治学」は、今後よりいっそう重要な意味を持ってくるのではないでしょうか。
だからこそ、「生政治」に対して、ひとりひとりが自分の生の政治性を認識し他者にかかわっていく智恵とする「愛の政治学」は、今後よりいっそう重要な意味を持ってくるのではないでしょうか。

プロデューサーの編集後記

「爆問学問」流の政治学入門いかがだったでしょうか? ニッポン人の多くは、政治というと、何かかけ離れたところで行われているものだと感じているようです。姜先生はいいます。メールのやりとり、恋愛、ビジネスでの取引・・・日常生活の中にこそ「政治」の始まりがあるのだ、と。クールな外見にソフトな語り口で、俯瞰して上から見下ろすような政治のあり方に疑問を投げかけます。
トークはこの番組ならではの展開をみせました。秋葉原通り魔事件やメールによる殺害予告事件を話題にしながら、姜先生と太田さんは自分自身の青春時代の孤独を見つめていきます。まさに借り物ではない思いを赤裸々に語っていただきました。さらに江戸川乱歩の小説やサル回しなどアクロバティックな比喩が飛び出し、「自分と自分を取り巻く世界とのアンバランスさをどう克服するか」という大きなテーマが見えてくる。いつもそうなのですが、この番組はなんらかの結論に向かっていくスタイルではありません。それならガチンコでトークをする意味はない。必要最小限のスタッフで、爆笑問題と先生の間でしか生まれない話をザクッとパッケージし、押し付けでないメッセージを醸し出すことを目指しています。
私自身も10代の終わり、自意識過剰で肥大化していたと思います。行き場のない気持ちを癒してくれたのは、坂口安吾の本を読むこととクラブに行くこと。なんかいかにもで、赤面してしまいます。クラブといっても交友を広めたりナンパをしたりするわけでもなく、ただひたすら音楽を大音量で浴びに行きました。活字と音の「行」のようなものです。10代のころは誰もが自己を持て余している気がします。そして何かの助けを借りて、「自分」と「世界」とのくい違いに一応の決着をつけていく。もしかしたら今の世の中は、なかなか決着をつけない人々が増えているのかもしれないとも思います。
秋葉事件、あるいは孤独な魂を抱える若者について語っている時の姜先生の言葉。
「一人で死ね、としか言えないような政治は政治じゃない」
政界が慌ただしい動きを見せる最中、こんな言葉が届く政治家は何人いるのでしょうか?彼らだって、同じように自己を持て余していたはずなのに。

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