FILE035:「哲学を破壊せよ」
2008年4月22日放送
木田元(哲学)
日本における西洋哲学研究の第一人者、木田元。彼は79歳の今、“反哲学”を唱えている。プラトンからハイデガーに至る西洋哲学は、西洋独特の「神」など超越的な視点から世界を見ており、その世界観を共有してない日本人には分からないのが当たり前だというのだ。デカルトの“我”も西洋的な「神」の理性に裏付けられたものであり、普遍的なものではないという。西洋哲学を60年にわたり追求してきた大御所のアンチ哲学宣言だ。日本人はうつろう自然の姿に世界のありようを感じ取ってきた。それはむしろ「万物は流転する」に代表されるような哲学以前の古代ギリシャの賢者たちの思想に通じるというのだ。この日、日本人による新たな哲学が構想される・・・!?木田に大胆な転回を可能とさせたのは、生来の不良・学問的混血児の来歴ゆえだという。満州に育ち、徴兵された広島で原爆を目撃、戦後はヤミ市で活躍する。そんな破天荒な日々、“なんのために生きるのか”に悩み、哲学に身を投じる。英・独・仏・ラテン語ギリシャ語を独習し、以来独自の道を歩んだ。現象学やハイデガーの権威となった後も、通説をひっくりかえす個性的な哲学者として知られる。3年前のガン手術を超え、いまなお精力的に執筆活動を続けている。伝説の哲学者に、爆笑問題が挑む。
木田元(きだげん)
今回の対戦内容
木田元(きだげん)/爆笑問題
木田:ちょっと田中さんに伺いたい。哲学っていうのについてさ、普通どういうイメージを持っていらっしゃる?
田中:イメージですか?いやあ、まあ生きる意味みたいなことを小難しく語っているみたいなイメージがありますね。だから僕なんか、ほとんど読んだこともないですけど。でも、倫理社会だなんだでまあちょっとぐらいは読むじゃないですか。まあ理解出来ないっていうイメージですよね。
木田:どこにでもあるちょっと高級なものの考え方っていうことだね。
田中:そういうイメージがありますよね
太田:まあ一般的にはそうでしょうね。
木田:一般的にそうですよね。我々だってそう思っていた。だけど、どうもね、その西洋人そのものがね、哲学の解体なんて言い出すところを見るとね、ちょっとそんなものじゃなくて、かなり有害なね。有害なものだから解体撤去しなきゃならないなんて思うわけだろうからね。
木田:まあどうもこの哲学っていうやつがね、青写真になって、これまでの西洋の文化形成が行われてきて、それが行き着いて今日のこの技術文明になったんじゃないか。それでこれをね、この青写真みたいなものの役割を果たした哲学を、1回ばらして、それによって覆い隠されてきたものをね、まあ何が覆い隠されていたかっていうと、どうも生きた自然みたいなものがこれによって覆い隠されてしまった。
爆笑問題の対戦感想
田中:きのこ雲見たとか、相当お年なんだけど、お元気な先生でしたね。僕なんかは哲学とかあまり縁がないほうだけど、日本人だから元々の考え方というか、ものの見方が違うから当たり前なんだというね。あれはすっきりしたよね。< br />
太田:哲学者っていうのは、ある意味ではみんな絶望にぶつかって、絶望し続けるってことだよね。先生の言っていたニーチェとかもそうだよね。それをどう乗り越えていくか。逃げていたんでは哲学にならない。先生は、「自分はペシミスティック」とか言ってたけど、あれは実は面白がってるんだろうね。
田中:「みなさん お気の毒に」とか言っていたよね。あの境地に行かないと中々言えないことなんだろうな。
ディレクター観戦後記
世界はなぜ存在するのか?存在するとはどういうことか?そう問うている<私>とは何か…。こういう問いは日常の役に立ちません。食べるにも寝るにも仕事にも恋愛にも役に立たない。だから、ついつい私たちは「哲学は役に立たない」と考えてしまいます。そんな非現実的な問題は学者だけが取り組んでいればいいものだと考えてしまいます。
私たちが当然のものとして享受しているこの現代文明、それ自体が西洋哲学を根幹としてできあがってきた、そう木田先生は指摘します。そうだとすると「哲学は役に立たない」と私たちに考えさせているものも当の哲学なのかもしれません。己の正体を悟らせないために、あらゆるものの価値は役に立つか否かで決まるという尺度を私たちに強いている!?ではいったい、そのようなものを乗り越え、脱出することなどできるのでしょうか。木田先生は、「お気の毒に」とニヤリ。
私はとりあえず、「○○は役に立たない」とすぐに決めてしまわないことにしました。世界には、人生には、役に立つか否かという尺度以外のものもあるのかもしれない。ただそうは言っても、周囲は容赦なく私に尺度を押し付けてきます。それらを無視して生きることなどできはしません。そうなるとやはり“行ったり来たり”か。どちらかにブレすぎないよう…。
プロデューサーの編集後記
木田先生の哲学講談を、いっぺんに全身に浴びました。
痛快 という言葉は、こうした場合のためにあるものだと、ほとほと感じました。
鋭い批判精神、深い学殖、あくなき探究心……。それらに裏打ちされた先生の歯切れのよい物言いは、達人としてのひとつの在り様を、実によく教えてくれると思いました。
今回のお話で、とても印象に残ったことがあります。
それは、先生がハイデガーの論文を書くために、33年を費やしたということです。
この一事だけでも、先生の自らのテーマに対する執念というか、凄味が伝わってきます。
時代が違う、と片付けてしまえばそれまでですが、この年数には正直驚きました。
自戒を含めてですが、私たちは、物事を性急にわかろうとしたり、答えをすぐに出したがるきらいがあるのかも知れません。それも、この技術文明に生きている性(さが)でしょうか。
そんなことを考えていると、先生のあの一言が蘇ります。
「みなさん お気の毒に」
つぶやき
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